「痛い」

抗議のつもりでそう言ったのに、イヴァンには黙殺されてしまう。
彼には悟られないように、心の中でため息を吐いて、はもう一度「痛いの。」と言った。

「ふーん」
「ふーん、じゃなくて。痛いから、放して頂戴?」
「嫌だよ」
「…そんなはっきり拒否しないでよ……」

ぎりぎり、ぎり。
イヴァンに掴まれた左手首がそんな音を立てる。
まだまだ我慢は出来る範囲の痛みではあるけれど、痛いのはやっぱり嫌だ。

「ねぇ、
「何?」
「僕のところにおいでよ」
「嫌よ」

先ほどのイヴァンの真似ではないけれど、そう即答するとイヴァンは手首を握る力をより一層深めた。
骨が軋む悲鳴のような音が聞こえて、は「痛っ…!」と声を洩らす。

「ねぇ、どうして?」
「痛、」
「僕の質問に答えて」

イヴァンが一言一言喋るたびに、力がさらにこめられて、激痛がを襲う。
どうにかしてイヴァンの手を振り払おうとあげられた右手は、
いとも容易くイヴァンに掴まれ、痛みの元が増えただけだった。

「そうだ、
「な、に?」
「僕の領地になるって言ったら放してあげても良いよ?」
「…無理」

今までにこにこと笑顔を浮かべていたイヴァンの纏う空気が一瞬で冷える。

「へぇ、そっか」

興味は失せたとばかりにの手を放して、イヴァンは楽しく無さそうに呟いた。
放された手首はいまだにじんじんとした痛みを残したままで、はっきりと握られた痕がついている。

「折角僕が提案をしてあげたのに、は嫌って言うんだ?」
「だって私はアーサーの領地だし、今のままで満足してるもの。今更他の国になるなんて考えられないわ」
「じゃあ彼が良いって言えば…ううん、居なくなれば良いのかなぁ」
「え…?」
「まぁいいや。どっちにしろは僕のものになるんだし」
「! どういう意味!?」
「そのままの意味だよ。僕、しなくちゃいけないことがたくさん出来ちゃったから、またね」
「待っ…!」

の制止も無視して、イヴァンは上機嫌そうに鼻歌を歌いながら屋敷の扉をばたんと閉める。
冷たい外気に晒されて、手首がずきりと痛んだ。