「あと…ちょっと……!」

精いっぱい背伸びをして、目当ての背表紙へと手を伸ばす。
届くか届かないかのところでふらふらと彷徨う指先に力をこめてみるものの、一向に背表紙に指がかからない。
これは踏み台か何かを探したほうが早いかも知れないと考えて、腕を下ろそうとしたときに不意に蛍光灯の光が遮られた。

「これをとればいいの?」

のんびりとした声とともに、大きな手が今までが苦戦していた本をやすやすと取り出す。
が振り返ると、にこにこと笑いながらイヴァンが本を手渡してきた。

「あ、イヴァン。ありがと」
「どういたしまして」

イヴァンから本を受け取りながらお礼を言う。
何があったのかは知らないが、普段より上機嫌らしいイヴァンに安心しつつも、何故かじっと見ていられていることにそわそわしてしまう。

「何か用でもあったの?」
「そうじゃないよ。近くを通りかかったときにの声が聞こえたから、見にきただけ」
「そっか。……私、なんか変なところ、ある?」

別に変な格好とかじゃないと思うけどなぁ、と呟いてるを上から下まで一通り眺めたイヴァンは何故そんな事を言うのか分からない様子だ。

「全然変じゃないよ。どうして?」
「どうしてって、イヴァンがなんかずっと見てるから」

の返事に、イヴァンはああ、と納得がいったように頷いて、笑顔のままでにとってはとてつもなく大きな爆弾を投下した。

はちっちゃいなって思って」
「ち…ちっちゃ…!?」

突然の暴言に、が言葉を失う。
目を見開いているを気にも留めずに、イヴァンは会話を続けた。

「だってほら、僕が簡単に届く本には届かなかったでしょ?」
「あのねぇ…イヴァンに比べたら誰だって小さいに決まってるじゃない!」
「でも、は姉さんとかベラと比べても小さいんじゃないかなぁ」
「き…気のせいよ気のせい」

明らかに図星を指され、の視線が泳ぐ。
そんなを見て、イヴァンが不思議そうに首をかしげた。

…、もしかして小さいの気にしてる?」
「べっ、別に気にしてなんかないけど?」
「ふーん」

そう言って、イヴァンは何かを考えるように視線を上へめぐらせた後、

「えい」

というなんとも気の抜ける掛け声とともにぐりぐりとの頭を押した。

「い、いたい縮むやめて!」

かなり力強く押されて、は涙目になりながら抗議する。
それを聞いているのかいないのか、イヴァンはさらに手の力を強めた。

「いたいいたいいたい!」

圧力に耐え切れなくなったの膝がかくんと曲がり、頭が今までよりも数段低い位置に落ちる。
それによってようやく開放されたは、床に座り込みながら楽しそうな顔のイヴァンをにらみつけた。

「何するのよ!」
「縮まないかなって思って」
「はぁ!?」
「だって小さい方がかわいいでしょ?」

何を当たり前の事を言っているんだとでも言いたげなイヴァンに、は呆れた声を上げることしか出来ない。

「だからって……。そもそもこれ以上小さくなっても困るんだけど」
「あれ、小さいのは気にしてないんじゃなかったっけ?」
「うっ…」

つまらない見栄を張ってしまったことを今更後悔してももう遅い。
前言撤回するわけにもいかず、言葉に詰まってしまったの頭をイヴァンは今度は軽く撫でた。

「ふふ、虐めるのはこれくらいにしてあげる」
「虐めてる自覚あったんだ…」
「へぇ…じゃあは虐められてるって思ってたんだ。ふーん…僕、そんなつもりなかったんだけどなぁ」
「え、いや、別に虐められてたなんて思って無かったからね!」

精いっぱいの皮肉も黒い笑顔で返されてしまえばもう勝ち目は無い。
自分から事実を否定してしまう言葉を吐いたことを再び後悔したけれど、かといってどうすることもできず、は悔しそうな顔でイヴァンを見上げた。

「そんな顔したらかわいくないよ?」
「誰がそんな顔させてると思ってるの」

むすっとしたまま顔のまま、は立ち上がる。

「私、今からやらなくちゃいけないことがあるから。じゃあね」
「そっか。終わったら声かけてね」
「なんで?」
「トーリスが美味しいお菓子を作ってくれるって言ってたから」
「…分かった」

お菓子、という単語に少しだけの態度が少しだけ軟化した。
書庫を出て別れ際に、イヴァンに「あ、」と呼び止められる。

「別に身長なんて気にしなくても、はそのままでかわいいから、僕は好きだよ」
「あ、りがと」

突然告げられた言葉に戸惑いながらはそう返事をすると、気を抜いたら緩みそうな頬を見られないように急いでその場を後にした。






(まるで何もかも分かってるみたいで、ずるい)