まさに、運が悪かったとしかいいようがない。
まぶしすぎるくらいの朝の光を感じて、嫌な予感で目が覚めた。
慌てて目覚まし時計を確認すると、針は3時で動きを止めたまま。
5分で着替えてご飯も食べずに家を飛び出したのだけれど、既に遅刻ギリギリの時間となっていたのだから間に合うはずなど到底無く。
しかもそういう日に限って、校門では遅刻者指導が行われていたりして。(普段は生徒会なんて何してるかわかんないくせに!)
結局、敷地内に飛び込む前に校門は無常にも閉じられてしまって、はペーターの小馬鹿にしたような視線(実際あれは小馬鹿にしていた)
と嫌味に耐えつつも遅刻者名簿に名を連ねることになってしまったのだった。

そして放課後――

「はぁ…」

ホッチキスを手に、は暗い表情で息を吐いた。
横に座っていたエースがそれを見て不思議そうな顔をする。

「どーしたんだよ。元気ないじゃないか」
「…そーいうエースは元気そうで良いね」
「俺は元気だぜ。なんたって今日は学校が終わる前に教室までたどり着けたんだからな!いやー、俺も日々成長してるって事だよなー」
「辿りついたのは放課後であろう。既に学校は終わっておるわ」
「いやだなー会長何言ってるんですか。放課後は部活動とかあるんだからまだ学校は終わってないですよ。
現に俺たちもこうやって活動しているわけだし。いくら会長が最年長っていってもまだボケるには早いですよ。あははははっ」
「…誰かコイツをつまみだせ」
「人手が減るので嫌です。というかこんなやつに触りたくもありません。雑菌が移る…」
「ひどいなー、ペーターさんは。もそう思うだろ?」
「ペーターがひどいのは随分前からだよ。ついでに言うとエースも色々とひどいから」
「えー?俺のどこがひどいって言うんだよ」
「言動が」

ぴしゃりと言い切って、は今まで口にしなかった最もな疑問をビバルディに投げつけた。

「あのさー、ビバルディ」
「どうした?」
「私なんで生徒会室に居るのかな?」
「それは…「俺が連れてきたからだろ?」
「エースには聞いてない」
「そうじゃ。は今わらわと話しておるのだからお前はしゃしゃりでてくるでない」
「でも俺はの質問に答えただけですよ」
「私が聞きたいのは過程じゃなくて理由。私が今生徒会室で作業をしてる理由を問いたいわけ」

ホッチキスでプリントを閉じながら、イライラした様子では言う。
HRが終わりそそくさと家に帰ろうとしたは、なぜか2年生の教室に現れたエースに半ば拉致られるような形で生徒会室に連れ込まれたのだった。
擦れ違う生徒に助けを求めたものの皆一様に目を逸らしてそこから立ち去るだけで。
絶望と恐怖を感じながら生徒会室につくと、有無を言わさずホッチキスとプリントの束を渡され、今に至っている。

「お前は今日遅刻しただろう?」
「まぁ、そうだね。そこの白ウサギさんが私が学校に飛び込む数秒前に無常にも校門を閉めてくれやがったからね」
「それが仕事なので。閉めるのは当然でしょう」
「普段は全くもって時間なんか気にしないし仕事もしないくせに何で今日に限って…!」
「おおかたアリスに何か言われたのであろう。この男はアリスが絡むとほんに扱いやすいからな。
とにかく、今日のお前の遅刻の罰則は生徒会の手伝いじゃ」
「へー…そうだったんだ。てゆーか、一体アリスに何言われたんだこの男…」
「ああ…!アリス!! 僕はアリスの為でしたらこんなめんどくさい仕事だってやってのけます…!!」
「うっわ、すっごい恍惚とした表情なんだけど」
「ペーターさんってほんとアリスが絡むと性格変わるよなー」
「気色悪い…」

3人から生温い視線を向けられてもペーターの妄想は留まることがない。
アッチの世界にトリップしてしまった白ウサギは放置して、は新しいプリントの束に手に取った。
数十分前からプリントをホッチキスで束ねるという退屈な作業を延々と続けているものの、
一つ山がなくなったと思えばまた新たな山が追加されたりで終わる気配は全くない。
どう考えても、人手が足りなさ過ぎる。
唯一の救いといえばトリップ中のペーターだが、手はしっかりと動いているということだけだ。(さすがは自称有能なウサギさん)
「これは絶対今日中には終わらないでしょ」と聞くと、「終わらない、ではなく終わらせるのだ」という無茶苦茶な答えが返ってきて、思わず脱力する。
本当に、生徒会に限らずこの学校の人間は誰も彼も無茶苦茶すぎる。まともなのはアリスぐらいなものだ。

「今日は学校に泊まらなきゃいけないのかなー…」
「夜の学校もいいものだぜ。昼間には見られない顔が見れるからな」
「別にエースには何も聞いてない」
「なんか今日はいつにもまして冷たくないか? 俺怒らせるようなことしたっけ?」

本気で首を傾げているエースに、は一瞬愛用の拳銃を抜きそうになるが、すんでのところで留まった。
この男と戦っても勝てるわけがないのだから、どうせストレスが溜まるのならそんなことしないほうが良いに決まっている。
それでも何もしないのも癪だったので、横目で睨みつけてやると、爽やかな笑顔のままで
「俺が何かしたなら言ってくれれば改善する努力はするぜ。こーゆーのも修行の一環だもんな!」と返された。

「俵運びで校内を移動させられた恨みは一生忘れないから。私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるのよ」
「お姫様抱っこの方が良かったのか?」
「ちょ、鳥肌たった! やめてよね想像するだけで気持ち悪い」
「ならどうしろって言うんだ。ほんとオトメゴコロって俺たち男にはよく分からないものがあるよなー、ペーターさん」
「どうしてそこで僕に振るんですか。残念ながら僕はアリスのことで分からないことなど何一つありません!!」
「そりゃ毎日あんだけストーキングしてたらね。ただアリスがそれにものすごく迷惑してるってことだけは分かってない」
「違います! あれはアリスの照れ隠しなんです!」
「照れ隠しであれだけ殴るって、あんたの中でアリスはどんだけエスなの」

全て自分の良いように受け取る白ウサギにうんざりしつつ、新しいプリントを手に取ろうとしたところ、傍らにおいてあった携帯がチカチカと光った。

「あ、アリスからメールだ」
「アリス!?」

アリスという単語に過剰反応を起こしたペーターは、突然立ち上がるとに詰め寄る。

、貴方アリスとメールをしているんですか!?」
「え、や、うん。まぁ、一応」
「そんな! 僕でさえアリスのメールアドレスを知らないというのにズルイです!」
「そんなこと言われても……アリス、快く教えてくれたよ?」
「…アリス、どうして僕には教えてくれないんですか……? ………そうか。これも焦らしプレイの一種なんですね!」
「どうしよう、ペーターが本格的に壊れた」
「ペーターさんはいっつもこんな感じだろ? いいよなー、小動物っぽくて」
「これのどこが小動物っぽいと言うのじゃ。ただの変態ではないか」
「えー、報われない恋をしてるかわいそうな小動物って感じしませんか?」
「百歩譲って小動物じゃとしても、狂信的な恋をしてる異常な小動物どまりであろう。
それで、アリスはなんとメールしてきたのじゃ?」

ビバルディの言葉に我に返ったがメールを開くと、そこには何時までたっても校門に来ないを心配する文面が書かれていた。
そういえば、色々あってすっかり忘れていたが、今日はアリスと一緒に帰る約束をしていたことを思い出す。

「あー…、アリス待たせてるんだった……」
「アリス? …そうか、今日はアリスと共に帰る日だったのか」
「うん。でもこれがあるなら仕方ないよね。先帰っていいってメール…」
「よい」

アリスに謝罪のメールを打とうとした手を、ビバルディが止めた。
不思議そうにビバルディを見上げると、ビバルディは珍しく優しげに笑うともう一度「よい」と言った。

「? どーゆーこと?」
「アリスとの約束ならば仕方ない。今日はもう帰って良いぞ」
「だって仕事まだ残ってるじゃん」
「よいのじゃ。これは他の者にやらせることにする」
「ビバルディ……!!」

あのビバルディがこんなことを言うなんて、と感激しそうになったは、その後に続いたビバルディの言葉に固まった。

「わらわも行くぞ。よいな?」
…………へ?
「へ? ではない。わらわも一緒に帰るといったのじゃ」
「ビ、ビバルディも?」
「…なんじゃ、まさかわらわを残してかえるつもりじゃったのか? 酷いやつじゃのう……」
「え、し、仕事、は?」
「他の者にやらせる。ちょうど適任がおるしな」

そう言ったビバルディの頭に浮かんでいるのは、きっと校長のことなのだろう。
話は終わった、とばかりに自分の荷物を片付け始めたビバルディを、ペーターが慌てて呼び止めた。

「ちょっと待ってください! 僕を差し置いてアリスと帰るだなんて許せません!」
「べつにお前に許してもらわずともよいわ。わらわは帰る、と決めたのじゃ。邪魔するならお前を退学にするぞ」
「はん。別に退学なんて怖くありません。それよりもアリスと貴方を一緒に帰らせることの方が心配です! もしアリスに何かあったら……」
「お前ではあるまいし、何も起こらぬわ」
「いーえ、ダメです! それなら僕も帰ります!」

そう宣言するやいなや、てきぱきと恐ろしい速さでペーターは帰り支度を始める。
そんなペーターの様子を見て、エースも「皆が帰るなら俺も帰ろうかな」と言って荷物を鞄につめ始めた。

「え、最終的に皆帰るの?」
「そのようじゃな。まったく、うっとうしい奴らじゃ」
「えー…と、仕事は?」
「あやつにやらせるから問題ない。さて、行くぞ、

いち早く帰り支度を終えたビバルディが、の手を引いて生徒会室を後にする。
その後ろからペーターとエースも着いてきて、本気で仕事は投げっぱなしにするらしい。
これからの受難を考えると校長のことが少しかわいそうに思ったが、自分には関係ないことだと考えて、はビバルディと校門に向かったのだった。








(あ、遅いわよ……って。ビバルディはともかくなんでペーターまでいるの!?)
(アリスーーーー!! 会いたかったです!!)
(ちょっと、離 れ な さ い !)
ばきっ
(あーあ。殴られてやんの)



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