ガラリ、と教室のドアを開ける。
生徒会室にいるかも、とも思ったのだけどやっぱりというかなんというか、奴は教室にいた。
「ねぇ、ペーター」
「……」
無視かよ!
顔をあげようとすらしないペーターに多少のイラつきを覚えつつも、ここはグッと我慢した。
ここでペーターと喧嘩してしまえば渡せるものも渡せなくなってしまう。
気持ちを落ち着かせるために数回深呼吸をして、もう一度ペーターを呼んだ。
「ペーター」
「……」
「聞こえてるんでしょうが。返事しなさいよ」
「……」
「……」
「……」
「……アリス」
「アリスですって!? アリスが一体どうしたんですか!?」
「や、名前を出しただけだから」
あまりに無反応なので最後の手段とばかりにアリスの名前を小さい声で呟く。
すると、ガタンと椅子を倒す勢いでペーターは立ち上がり、そのままの迫力で問い詰めてきた。
普段は全くひとに近づこうとしないくせに、ペーターはアリス関連では本当に人が変わる。
なんというか、うん、怖い。
ともあれ、ようやく話を聞いてくれる姿勢になったペーターに、私は手に持っていた箱をズイと差し出した。
その箱をちらりと一瞥して、ペーターは不機嫌そうに眉をしかめる。
「なんなんですか、これは」
「見て分からない? 箱だけど」
「それぐらいは分かります」
「今日、バレンタインでしょ。ささやかながらプレゼント」
「いりません」
にべもなく切り捨てられてしまった。
「折角の手作りなのにー」
「なおさら欲しくないです。貴方の手作りだなんて、一体どれくらいの雑菌がついてるかと思うと……ああ、おぞましい!」
「あのさ、その、人を雑菌の塊みたいにいう言い方やめてくれないかな。作る前にちゃんと手とかだって洗ってるっつーの」
「どこが違うって言うんですか。人の手なんて雑菌の温床でしょう。
とにかく、僕はそんなものいりませんから捨てるなりなんなり勝手にしてください」
もう話は済んだ、とでも言いたげに自分の席に戻ろうとするペーターに、背後でぼそりと「これアリスと一緒に作ったのに」という言葉を投げかけた。
その瞬間、
「それを早く言って下さい!」
「ぅ、わっ」
ものすごく素早い動作で持っていた箱を奪われた。
ペーターは私から奪った箱をとろんとした表情で眺めている。
今にも頬ずりでもはじめそうな勢いのペーターに、思わずドン引きしてしまいそうになった。
「…ペーター。雑菌がついてるからいらないんじゃなかったの?」
「アリスのものなら話は別です!」
きっぱりと言い切ってペーターは箱をいとおしそうに撫でる。
「あぁ…アリスが僕の為にこれを……!」
「ちょっと待て。それは私からであってアリスからじゃない…!!」
「アリス…僕は感激です…!!」
「聞いてないね……。や、こーゆー展開は想像してたから別にいいけどさ…」
「食べるなんて勿体無さ過ぎる……けれどアリスからの気持ちを無碍にするわけにも………あぁ、一体僕はどうすればいいんですか?」
「とりあえず落ち着けばいいと思う」
「落ち着いていられるわけないじゃないですか! アリスが、僕に、この僕に! プレゼントをくれたんですよ!?」
(脳内が)可哀想なウサギさんによって、私のあげたプレゼントはアリスからのものに勝手に変換されてしまったようだ。
実際この展開は予測済みだったので別にいいのだけど、でもだからといってムカつかないわけじゃない。
「もうその感激のままアンタ死ねばいいよ」
「僕はアリスを置いては死ねません。アリスがそれを望むなら話は別ですけど…」
ここまでくれば完全にアリス狂としか言いようがない。
こんな奴に好かれてしまったアリスがすごく可哀想に思えてくる。
見ているこっちはちょっと引きながらも楽しくてたまらないわけだけど。
「あー……じゃ。うん、がんばれ」
一体何に頑張るのか、とか、これ以上頑張ってどうするのか、とか様々な疑問はあるものの、
ほかにかける言葉も見つからなかったのでとりあえずそういっておく。
すでに私の言葉なんて耳に入ってないペーターを放置して、私はアリスに謝るために1年生の教室を目指したのだった。
準備は整った。さぁ、喜劇を見守ろう
「アリス、ごめん。なんかアリスがペーターにバレンタインプレゼントあげたことになっちゃったから」
「え!?ちょっと、、それどういうこと!?」
「まぁ、その、色々あって。なんかたくさん勘違いしてたから、これから大変かもしれないけど頑張れ!」
「、あなた楽しんでるわね!? 顔が笑ってるわよ!」
「まっさかそんな。アハハっ、じゃ、そういうことで!」
「ちょっと待ちなさいっ! !!」
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