「ねぇレイン、そういえばビショップは?今日まだ一度もモフモフしてない気がするんだけど」
ふと、隣で作業をしていたがそう口にした。
それにボクが答えるよりも早く、カエルくんが横から口を出す。
「あーあれか。お前らほんっと仲良いよなー、っつっても片方はだいぶ迷惑そうにしてるみたいだけどな!」
カエルくんの言葉に政府内部では名物ともなっている光景
―ビショップを見つけたが人目もはばからず彼が着ている上着に飛びついて、ビショップがそれを迷惑がりながらも結局彼女の気の済むまでモフモフさせている姿ー
を思い出す。
それを見るたびに、彼女が喜んでいるのはうれしいけれど少しだけビショップのことをうらやましく思ってしまうのは、まぁ仕方ないことですよねー
なんて、ボクが考えているのをよそに、はカエルくんに噛みついていた。
「ちょ、カエルくんは黙ってて!」
「なんだよほんとのことだろー」
「いいのビショップのモフモフは私のものなの!で、レイン、結局どうなの?」
最終的にひどく一方的な主張で口論を強制終了させ、はようやく話を元に戻す。
「彼なら今はあっちの世界に行ってますよー」
「ええー!?ビショップも行ったの?」
思いもよらなかったのか、の目と口が大きく開かれる。けれどそれも少しの間だけで、すぐさま彼女は唇を尖らせた。
「どうしたんですか?不満そうな顔してますけどー」
「だってキングとかビショップだけずるいじゃない!私だってあっちの世界行きたいの!」
その返答はボクにとって予想外のもので(てっきりモフモフできないのが不満なのかと思ってたんですけどー)、今度はボクの目と口が開く番だった。
「えっ、なんでですか?ここの暮らしに嫌気でもさしてきましたー?」
「そういうわけじゃないけど!」
「じゃあなんでだよ」
カエルくんにも不思議がられ、はむすっとした顔のまま言葉を続ける。
「だってあっちの世界だとケーキとかスイーツとかいっぱいあるし…お菓子だってたくさん……」
「は?なーんだそんなことかよ」
ボクが口には出さなかった心の声を、カエルくんがきっちり代弁してくれた。
モフモフしたいなんて理由もくだらないといえばくだらないけれど、甘いものを食べたいからあちらの世界へ行くだなんて、まずありえない。
そもそも、一般市民ならいざ知らず、政府内で働いている彼女が甘いものを摂取することは不可能ではないのだから。
まぁ食べられる種類も量も限られているから、甘いもの好きとしてはもの足りないというのもわからなくもない…としても、「そんなこと」と言われてしまうのは仕方がないというのが正直な意見だ。
「そんなことだなんて聞き捨てならない台詞ねカエルくん!女の子にとってはすっごく重要なことなの!」
「レインもそう思うでしょう?」と同意を求められたけれど、ボク自身カエルくんに同意気味なので曖昧に言葉を濁すことしかできない。
その反応が気に入らないのか、はカエルくんごとボクの左手をがしりと掴む。「ぐえっ」という、文字通りカエルの潰されたような呻き声がカエルくんから漏れた。
「なんでわかってくれないの!カエルくんとレインのばか!」
「わかったわかった!だからおちつけ。な?」
「むー」
「ビショップ君に頼んでみますかー?まぁ断られるでしょうけど」
これ以上握りつぶされてはかなわないとばかりに、カエルくんが降参の声を上げる。ボクの腕もちょっと痛かったので少し助かった。
そのままの機嫌をなおそうと一応提案をしてみたけれど、彼女は憮然とした口調でこう続けた。
「あの人絶対『はぁ?何言ってるんですか、ぼくは遊びに来てるわけじゃないんですけど』とか言うよ」
「あぁ、彼なら言いそうですねぇ」
ビショップにそういわれて、負けじと言い返すものの結局嫌味をさらに返されて落ち込むの姿が目に浮かぶ。
「ねぇレイン、ものは相談なんだけど」
「なんですかー?」
「私もあっちの世界行きたいなー…なんて」
なんとなく予想していた相談に、返す言葉はたった一つしか存在しない。
これを言ったらまた機嫌が急降下するんでしょうねーなんて思いながらも、ボクはその言葉を口にした。
「んー、それは駄目です」
「いいじゃないちょっと行ってすぐ帰ってくるから!」
「なんといわれても、駄目なものは駄目なんですよー」
とはいえ、ちゃんと理由を言わなければ納得なんてしてくれないだろう。
「いいですかー、」と続けると、その意図を察したのかはおとなしく話を聞く態勢になった。
「情報によれば有心会のメンバーも来ているらしいですしー、ビショップはもし遭遇しても対応できますけど、君は難しいでしょう?」
「でも…」
なおも不満気なをどうなだめようかとボクが思案していると、それを見かねたのかカエルくんが口をはさんできた。
「こいつは心配してんだよ。察してやれって」
「…そうなの?」
「…まぁ、そんなところですかねー」
余計なことをと思いもしたけれど、カエルくんがKYなのは今更な上、別に間違っているわけでもないのでボクは苦笑しながらそれを肯定する。
「ん…分かった。それなら我慢する」
「はいー、そうしてもらえるとボクとしても助かります」
落ち込んでいるような、それでいてどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情でが頷いた。
「良い子ですねー」と言いながらその頭をなでると、くすぐったそうに笑いつつも「ちょっと、子ども扱いしないでよ!」と怒る、その仕草に心が和む。
そんな彼女の笑顔がもっと見たくて、ボクはひとつの提案をした。
「その代わり、と言ってはなんですが」
「うん?」
「今からボクと一緒にお茶なんてどうですかー?」
「え、いいの!?」
「はいー。君さえ良ければ、ですけどねー」
「そんなの、良いに決まってるじゃない!」
即座にそう答えたは、ボクが望んだ通りの笑顔だった。
Ye have not,because ye ask not.