びゅお、と強風が吹いて菫は身体を震わせる。
真冬だというのに「子供は風の子元気な子」という体育教師のよく分からないスタンスのせいで、体操服は半袖短パンが基本だ。
冷たい外気は容赦なくむき出しの手足から体温を奪っていって、これでもか、というほどに寒い。
これだけ寒いと見学者は中にいるようで、ともゑの姿は今は見えなかった。
暖かな校舎内にいるであろうともゑを少し羨ましく思いながら、ふと菫は視線を女子の集団へと向ける。
自分と同じく半袖短パンでがたがたと震えるの姿が見えて、苦笑をもらした。
月華修学院の体育は基本的に男女別1・2組の合同授業。けれど今日は珍しく女子も一緒におこなうらしい。
視線に気がついたのか、が菫のほうをむいて、目が合うと、にこりと微笑まれて口パクで『どうしたの?』と問われた。
見ていたことに気付かれた気まずさも手伝い、菫はの問いに答えを返さず視線を逸らす。
視界の端でがむすっとした表情になって、菫の方に歩いてこようとしたが、丁度本鈴がなったので渋々列にならんだ。
本鈴のタイミングに感謝しつつ、菫も列に並ぶ。
体育教師の号令で授業が始まる。
今日の授業は持久走だ。
はよく「寒空の下長距離を走らせるなんて信じられない」と言っているが菫は真夏の太陽の下で長距離を走らせるほうが色々と信じられないと思う。
そんな関係ないことを考えながら、菫は所定のスタート位置につく。
周りを見回すと、いつもどおりの人を見下したような(菫にはそう見える)顔でどうでもよさげに立っている綾芽が見えて無性に腹が立った。
こいつにだけは負けない、と思いながらスタートの号令と共に走り出す。
女子は3分後にスタートするらしく、今は準備体操をしながら見物をしていた。
準備体操の段階から、の機嫌はすこぶる悪い。
もともと長距離走が嫌いなのに加えて、授業前に菫にさらっとシカトされたことも不機嫌に拍車をかけている。
いらいらしながらも、号令に応えてスタート位置に並び、走り出した。
歩いた方が早いんじゃないかというスピードでてれてれと走るを多くの生徒が抜かしていく。
その中に綾芽の姿を見つけて、は追いつくために走るスピードを上げた。
「綾芽、ちゃん」
「…」
「ちょっと! 無視しないでよっ!」
「……」
「聞いてる!? 綾芽ちゃん!」
「…聞こえてる」
流石にうっとうしくなってきたのか、綾芽はぶっきらぼうに返事をする。
「今何週目?」
「5週目だ」
「はっや! 私まだ2週だよ」
「お前がもたもたしてるからだろ。 …用事が無いなら俺は行くぞ」
「え、ちょ…待……っ!」
言葉通りにスピードを上げた綾芽にも慌ててついていく。
「綾芽ちゃ、……速………ぎゃあ!」ズザァァアアア!!
女らしからぬ声とすごい音に驚いた綾芽が後ろを振り向くと、が地面と激突していた。
「おい、大丈夫か!?」
「……った………」
涙目になって、はもぞもぞと起き上がる。
コンクリートの地面で滑ったせいか、それなりに派手にすりむいていた。
「痛い……」
「立てるか?」
「……無理…」
綾芽がため息を吐いて、手を差し伸べる。
がその手をとって立ち上がったとき、背後から酷く慌てた声で呼びかけられた。
「っ」
「あ、菫ちゃん」
「どうしたんだ!? こけたのか!? 大丈夫か?」
「……うん」
菫の慌てっぷりに困惑しつつもは頷く。
そのとき騒ぎを聞いた教師が駆けつけてきた。
「転んだのか?」
「はい」
「保健室に……あー…付き添いがいるか?」
「先生、俺が連れて行きます」
綾芽と菫に挟まれた状態のを見て教師が困ったように言うと、菫が手を挙げる。
菫が綾芽を睨むと、綾芽は呆れたように息を吐いて持久走へと戻っていた。
その姿を見送って、菫はの手を引いて保健室へと向かう。
「行く前に、怪我したところ洗ったほうが良いな」
「あー、そーだね」
昇降口の近くの水道での傷口を洗った。
細かい石などを冷水で流し落としていくと、傷口に沁みるのかが顔をしかめる。
「痛いのか?」
「そりゃー……。ていうかさ、私保健室行きたくないんだけど」
「?」
「保健室の先生苦手なんだもん。……怖いし」
「でも怪我したんだから行かなきゃ駄目だ。消毒しないと、化膿したりしたらどうするんだ」
「だーいじょうぶだって」
「大丈夫じゃないだろ」
即座に切り返されて、は頬を膨らませた。
「別に大丈夫だって。こけて怪我しただけじゃん。保健室にいくまでもないよ」
「怪我してるから大丈夫じゃないんだ。………怖くても、俺がいるから大丈夫だろ」
「へ!?」
いきなりの言葉にがふりむくと、菫は明後日の方向を向いていた。
その顔は耳元まで真っ赤になっている。
「…菫ちゃん」
「なんだ」
「耳まで真っ赤だけど」
「気のせいだ」
「照れた?」
「照れてないっ!」
「照れてるね? 照れてるよね?」
「…っ行くぞ!」
赤くなった顔を指摘されるのが嫌なのか、の数歩前を歩く菫。
はその後姿を見て少しだけ笑うと、軽く走って菫の腕に抱きついてその手を握る。
「なっ! 何するんだ!?」
「えへへー、菫ちゃん可愛いー」
「おまっ、なに言っ」
「さー保健室に行こうすぐ行こう。突入は菫ちゃんからね」
おどけた調子で言うに菫は一瞬だけ面食らう。
けれど、やわらかく笑うと「仕方ないな」という呟きと共にの腕を握り返した。
その体温に安堵する