突然だが、僕の彼女は俗に言うツンデレである。
本人は否定しているが僕はそうだと確信している。
そもそもムキになって否定するあたりが怪しい。
きっと本人も自分がツンデレであるということを自覚しているのだがそれを認めたくないだけなのだ、そうに決まっている。
この情報を提示することで僕が何を言いたかったのかと言うと、僕の彼女は僕とあまり話をしてくれないということだ。
彼女から僕に話しかけることはほぼ皆無だし、僕が彼女に話しかけたとしても徹底的に無視されることが多い。それが人前ならばなおさらだ。
今だって、僕の目の前で机に肘をつき本を読んでいる彼女に幾度となく話しかけているもののそれに対する回答は一切得られていなかった。
まぁ、それはいつものことであって慣れてしまったと言えば慣れてしまったのだが、それでもこんな一方通行の会話ばかりではいつか僕の心が折れる。
寧ろ今にも折れそうだ。
ただここでめげてしまったら彼女は何時まで経っても僕に対してなんらかのアクションを起こすことは無いだろうというのは今までの経験からいって確実なことなので僕は根気よく彼女に話しかけ続ける。
「その本、面白い?」
「…」
「えっと…、どんな本なの?」
「……」
「あ、あー、そういえばこの前読んでた本だけど、僕も読んでみたんだ。すごく面白かったよ!」
「………」
「その…、僕の話聞いてる?」
「…………」
「無視されるのって結構キツイんだけどなぁ…?」
「……………」
ボキリ、と何かが折れる音がした。
何かっていうのは、あれだ、僕の心だ。他の人には聞こえなくともたった今僕には確かに聞こえた。
もう駄目だ欝だ死のうなんて一部では有名すぎるセリフを呟いて立ち上がった僕をチラリと見た彼女は(ああ、そういえば今日初めて僕を見てくれたんじゃないだろうか)たった一言「もう死んでるでしょ」と呟いた。
そうだった、僕はもう死んでるんだ。
僕は幽霊と呼ばれる存在だ。
とは言え足だってあるし触ろうと思えば物に触れることも出来る。日の光も平気だ。
こんな僕が本当に幽霊といえるのか不思議でならないが、それでも僕には肉体が無いのだからやはり幽霊であるとしかいえないだろう。
そもそもの事の起こりは一ヶ月前。
いつものように学校から帰ろうとする彼女の数メートル後ろを彼女の安全に気をつけながら着いていった僕は彼女の後姿に見惚れるあまりに荷物を大量に載せたトラックの接近に気がつくことが出来ず、次の瞬間にはべしゃりと押しつぶされてしまっていた。
その時のことを思い出そうとすると頭が痛くなるのでできれば思い出したくない。
とにかく何もかも一瞬のことで、僕はただぶつんと切れた意識の底で自分が死んでしまうのだということを自覚し、もしも叶うのであれば再び彼女の姿を見たいということだけを考えていた。
そして気がつけば僕はこんな状態で彼女の傍に立っていたというわけだ。
意味が分からないかもしれないが僕だって意味が分からない。
僕が確かに言えることはたった一つ、何か超自然的な力が働いた結果僕は幽霊としてこの世に甦り、再び彼女の近くに居れるようになったということだけである。
きっと僕の真摯な思いが神様とか閻魔様とかそういった類の生き物に通じたんだろう。僕はそう思っている。
最初のうちは、僕が彼女を認識していても彼女は僕を認識していないという事実に打ちのめされそうになったものの、よくよく思い出してみれば僕が生きている時だってそんな状態だったので僕は意外と早く立ち直ることができた。
結局変わったのは僕が生きているか死んでいるかのその違いだけなのだと。
人によってはそれはものすごく大きな違いなのかもしれないが、僕に言わせて見ればそんなものは取るに足らないほどの些細な違いに過ぎない。
重要なのは僕が彼女を見ていることができるというただ一点のみなのだ。他の事はどうでもいい。
まぁこんな事を言っているが、一生僕の存在に気付くことがないだろうと思っていた彼女は実は霊感持ちで、僕がいつものように彼女の後ろを着いていっていたある日突然僕の方を振り返り「ずっと前から気になってたんだけど、貴方私に恨みでもあるの?」と聞いてきたときにはあまりの嬉しさに昇天しそうになったのだが。(このときのことを話すと、彼女はいつも「昇天すればよかったのに」と言う。きっと照れ隠しなんだろう。まったく、可愛いものだ)
僕が死ぬ前も、死んでからも、彼女の事を見守っていたと告げたとき、彼女はまるで汚い物を見るかのような眼で僕を見た後で「ストーカー? …気持ち悪い」と吐き捨てた。
その言葉に傷つかなかったといえばそれは嘘になるかも知れないが、それよりも彼女と話を出来たことに対する喜びの方が僕の中では重要だった。
それに僕はストーカーではない。ただ彼女の安全を願って、何かあればすぐに助けられるポジションを常に確保していただけで言わば彼女を守る騎士のようなものだ。
たとえそれが一般的にストーカーといわれる行為だとしてもそれが下劣な下心ではなく僕のように純粋な恋心であれば罪にはならないのだ。
現に今、神様だとかそういう感じものは死んだ僕を幽霊にすることで僕の行為の後押しをしてくれているのだから。
惜しむらくはこの考えが彼女に共感して貰えなかったことだが、それもまた仕方ない。
価値観は一人一人違って当たり前のものだし、自分の価値観を人に押し付けるのは良くないことだ。
その問題についてはこれから少しずつ彼女と話し合って折り合いをつけていこうと思っている。
そんな感じで晴れて彼女と分かり合うことが可能になった今、僕は必死に彼女との話し合いを望んでいるのだが、前も言ったとおり彼女がそれに応じてくれることはとても少ない。
僕と話すのを恥ずかしがる彼女はそれはそれで可愛いと思うのだが、このままでは事態は何も好転しない……とは思っているものの、真ん中あたりから真っ二つに折れてしまった僕の心は彼女が一度話しかけてくれた程度では復活してくれなかった。
前ならばそれぐらいでも舞い上がれたのだろうが、彼女と接触していくうちに僕はどんどん欲張りになってしまったらしい
とにかく、彼女に関心を持ってもらうことが先決だ。
二度死ぬことは出来なくても、落ち込むことなら幽霊でも出来る。
彼女への抗議の意味も込めて、再び本へと視線を戻していた彼女の目の前で分かりやすく膝を抱え、負のオーラを撒き散らして見せた。
彼女は目の前で辛気臭い雰囲気を醸し出している人間(僕は厳密に言うと元人間なのだが)に冷たく出来ない優しい人間だということを、僕は知っている。
予想通り、僕のほうを何度かちらちらと盗み見ていた彼女は、暫くすると本をぱたりと閉じて溜息を吐きながら「一体何がしたいわけ?」と口を開いた。
「君が無視するから、落ち込んでいたんだ」
「本を読んでたの。邪魔されたくない」
「それは知っているけれど、今は本を読むより大事なことがあるじゃないか!」
「…何?」
「僕と分かり合うことだよ!」
自身満々に言ったにも関わらず、彼女は褪めた一瞥を僕に向けると本の世界へ戻ろうとしたので、僕は慌てて彼女の持っていた本を取り上げた。
不満そうな彼女の目線が僕に突き刺さるけれど、そんなこと気にしてはいられない。
ここで折れてしまえばそれは負けだ。頑張れ、僕。
「返して」
「嫌だ」
「……だから、一体何がしたいの?」
「僕は君と話したいだけなんだよ」
「私は別に話したくない」
「またまたそんな冗談を。とにかく、僕と話してくれないならこの本は返してあげないよ!」
「冗談じゃないんだけど…」
「さぁ、じゃあ話そうか!そうだな…、君の好きな食べ物はなんだい?」
彼女の言葉は聞こえなかった振りをして、僕は半ば強引に話を続けた。
僕と彼女の時間の邪魔をする本は彼女の視界に入らないところへ投げ捨てる。
この世の彼女の興味を引く全てのものを消滅させてしまえば彼女も僕と話す以外にはやることがなくなってしまって、もっと僕達はわかりあうことが出来るだろうに。
一介の幽霊である僕にそんな能力はないのが残念でならない今度神様に頼んでみようもしかしたら聞き入れてくれるかもしれない。
どんどん脱線していく思考を、彼女の盛大な溜息が引き戻してくれた。
「話せばいいんでしょう話せば」と諦めたように呟いた彼女に、僕は歓喜の声を上げた。
やった!これで彼女への理解を深めることが出来る。
そんな僕の様子を見て、彼女が呆れたようにふっと笑った。やっぱり彼女の笑顔は素敵だ。
それに、結局僕の我侭を聞いてくれる彼女は優しくて、普段の態度はツンデレのツンの部分なんだと確信する。
やはり彼女はツンデレなんだ。
そして僕はそんな彼女が大好きで、彼女の傍にいることの出来る今、僕はとても幸せだ。
大事なことだから二度言おう。僕は今、幸せだ。
このままずっと彼女のことを見守り続けていたいというのは僕の願いであるけれど、願っているだけでは叶うことが無いということも僕はちゃんと理解している。
今、この瞬間ですら奇跡のようなものなのだ。僕はもう死んでしまっているのだから、ずっとこうやってここに留まっているわけにはいかない。
いつか、どこかにあるであろう死後の世界とやらに旅立たなくてはならない。
そのときが来たら、彼女にも一緒に来てもらいたい。
僕はずっと彼女のことを見守ってきたのだからそれぐらいの我侭は許されるに違いない。
幸いにも、彼女を連れて行く方法なんて幾らでもあるのだ。
彼女が寝ている間にガス栓を開いてもいいかもしれない、それとも火をつけるというのも有りだ。
歩いている彼女を後ろから突き飛ばして車に轢いてもらうというのも、僕と同じという点では捨てがたいし、僕が直接彼女の首を絞めていくのも素敵だと思う。
まぁ、それはそのときが来るまでにゆっくりと考えておこう。とにかく、そうすれば僕は彼女をずっと見守ることが出来る。
死すらも僕と彼女を別つことは出来ないのだ、これを運命と言わずして何と言うのだろう。
彼女だって喜んでくれるはずだきっとそうだそうに決まっている。
僕は今からそのときが楽しみでならない。