ダブルトレインでのバトルを終えて、疲労の滲む身体を引きずり執務室へ向かう。そこに溜められた書類の山を思うと足取りは重い。
肺の底から絞り出すような溜息を一つ吐き出して、それでも足は止めることなく目的地へ。
世間は連休。とはいえ娯楽施設であるバトルサブウェイは世間一般が休みの時こそ書き入れ時だ。普段に比べて格段に増えた利用者。
サブウェイマスターの元までたどり着く人間は少ないが、利用者が増えれば勿論それに比例してトラブルも増える。
そうして膨れ上がった書類は、処理しても処理してもいつの間にか新たなそれが追加され、ノボリとクダリの睡眠時間を奪っていった。
睡眠の足りない頭では、判断力も鈍る。現に今のバトルは、手加減しているとはいえ全然本調子では無かった。
部屋に戻ったら仮眠でも取ろうかな、そう考えながら角を曲がったとき、目の前に見慣れた、けれども多忙を極めていた最近ではとんと見ることのなかった背中が目に入って、クダリは一人笑みを深くする。

!」

今までの疲労感もなんのその、明るく声を出して勢いに任せて飛びつくと「ぎゃあ!」と些か可愛らしくない声が上がった。

「ク、クダリ!?」
「うん、ぼくクダリ!」
「びっ…くりしたぁ…!ていうか、くっつかないでよ!」

ぐぐぐ、は力の限りに腕を突っ張ろうとするが、負けじとクダリも腕の力を強め、結果二人の距離は広がらない。

「は、な、れ、て!」
「いーやーだー!」

力では叶わないと悟ったのか、は握りこぶしを作ると平常より数段低い声で唸るような声を出した。

「それ以上やると殴る」
「ごめんなさい」

これは本気だ、そう判断したクダリは光の速さでの身体を解放する。抑々、人前でいちゃつかれるのを極端に嫌う彼女に無理やり抱きついた自分が悪い。
本音を言えば久しぶりに会えた彼女に甘えたい、そうは思うものの結局これは我儘だということをクダリ自身理解しているので、嫌がらせてしまったことに素直に謝罪をする。
けれどの機嫌は直らない。じろりと睨み付けられ、少しでも気を逸らそうと何か話題を探した。

「あー…で、はこんなとこで何してたの?こっからさき、ぼくらの執務室と物置ぐらいしかない」
「そっ、それは、その」

なぜか言葉に詰まったに首を傾げて、しかしここで口を挟めばさらに喋らなくなってしまうだろうと、クダリは黙して続きを待つ。
無言のままに時間が経過すること数10秒、やがてはその口をへの字に引き結んだまま、意を決した様子でずいと今まで身体の影に隠していた左手を突きだした。

「ん!」

その手に握られていたのは小さな手提げ袋。ずいっと差し出されたそれを、反射的に受け取ってしまった。
用は済んだとばかりに「じゃあ!」と言い残し逃げようとするの腕をがしりと掴んで引き留める。

「ちょっと待って
「なによもう用事は済んだからいいでしょ!」
「これなに?」
「開ければ分かるから!いいから離して私を仕事に戻らせてってば!」
「じゃあ今開ける!」
「いやああああそれはやめて!!」

悲痛な叫びもむなしく、クダリは器用に片手での腕をつかんだまま、手提げ袋のファスナーを開けた。

「お弁当!」
「もうっ!大きな声出さないでって!」

中に入っていた大きめの弁当箱にはしゃいだ声をあげるクダリ。すぐさまの注意が飛ぶ。

「えっこれぼくのために作ってくれたの!?」
「違っ…!…ただ私は、ご飯どうせまともなもの食べてないんだろうと思って…」
「つまりぼくのためでしょ?」
「違う!」

頑なに否定を続けるものの、自分でもそれに信憑性が皆無だということは感じているのか、怒ったような口調のままでは言葉を続けた。

「言っとくけど!クダリが倒れたらただでさえ忙しいノボリさんの仕事が増えてさらに私含め全職員が困るからであって、つまりこれは私のためでやってることだから!」

それがの照れ隠しだということも、わざわざそのために普段使わないサイズの弁当箱を用意をしてくれたということも、クダリには全て分かっていた。
また怒られてしまうかもしれない、けれど、彼女がいちゃつかれるのを嫌う理由もつまるところただ恥ずかしいだけということを知っている以上、この衝動を抑えきれそうにない。
先ほどよりも強く、クダリはの身体を抱きしめた。

、好き!」
「きゃあああ!だから!くっつかないでって!!」
「やだ!」
「やだじゃないの!」

廊下でわあわあと騒ぐ二人の姿を、他の職員たちが微笑ましい眼差しで眺めていたことなど、二人は知らない。