※ぬるい裏
部屋に響くのは粘ついた水音と荒い息遣いだけで、その場に相応しいであろう女の甲高い声は一向に聞こえない。
それもそのはずだ、あられもない姿で横たわる彼女の首には男の腕が絡み付き、それを絞めあげているのだから。
気道を押さえられ、嬌声も悲鳴すらも上げることができないままただ酸素を求めて口をぱくぱくと開閉することしかできない。
何を勘違いしたのか、ノボリはとろりと蕩けそうな目でそれを見つめると、微かに残る呼吸すら奪うかのように口づけた。
首に絡みつくノボリの腕へ立てられた爪の力が徐々に抜けていく。視界が真っ赤に染まり、が死を覚悟したその時、ぱっと腕が外されて、一気に呼吸が可能になる。
突然入ってきた酸素に咽て、げほげほ咳き込むを上から見下ろすノボリの瞳はどこまでも満足げだ。
事実、ノボリは今こうして、愛するを無理やり組み敷いて猛る自身を挿入し細い首に手をかけている状況に満足していた。
普段に笑顔を向けられ的外れな勘違いをしている有象無象共は、彼女のこんな苦痛と恍惚の狭間で歪む顔を知らない。これを見れるのはノボリだけの特権であり、それがノボリの仄暗い喜びでもあった。
未だ呼吸が整わず、虚ろな視線でぜいぜいと荒い息を繰り返すの頬に流れる涙を拭い、ノボリは今までの行為とはまるで似つかわしくない優しい声音でに囁いた。
「苦しい、ですか? 嗚呼、けれど、あなた様が悪いのですよ。あなた様は誰彼かまわず優しくして余計な期待をさせるので、わたくしは心の休まる暇もありません。
あなた様もすでにご存知でしょうがわたくしはたいへんに心配性ですから、こうして、わたくししか知らないあなた様の姿を見せていただかなければ、不安で不安で、胸が張り裂けそうになるのです。これはあなた様の責任でもあるのですから、協力して頂けますね…?」
口調とは裏腹に、その内容はどこまでも自己中心的だ。
狂気すら感じさせるそのギャップに、の身体がぶるりと震え、その拍子に繋がれたままの結合部が鳴る。そんな些細な刺激にも、さんざん快感に慣らされたの肉体は素直に応じ、甘い吐息が口から漏れだすのだから、ノボリとしては笑い出したいような気分だった。
一方はと言えば、ノボリのいう余計な期待をさせるという言葉も全くといっていいほど心当たりがなく、なぜ突然彼がこんな凶行に及んだのかもわからないままだ。
やめて、も、助けて、も、行為が始まってすぐに飽きるほどに口にした。それでも無理やり身体を開かれ、挙句の果てに首を絞められ、にはすでに抵抗する気力すら残っては居らず、ただただ、一刻も早くノボリの気が晴れてこの行為から解放されることを願うしかできなかった。
そんなの心中を知ってか知らずか、の呼吸が整ったのを確認すると、ノボリは再びの首に手を添えた。
今まで何度絞められたかわからないそこは、赤紫に変色した手形がくっきりと残っていて、まるで所有印のようなそれがノボリの劣情を誘う。
既に力など入っていないの指先が、無駄な抵抗としりながらそれでも、放してくれと言いたげにノボリの手を引っ掻く。それを気にも留めずに、ノボリは口を開いた。
「どうやらあなた様も、満更ではないようですし。苦しいのが良いのでしょう?わたくしがこうして絞めれば絞めるほど、あなた様のナカもわたくしを締め上げておりますよ」
「ぁ、…ち、が……」
「何が違うというのですか、現に、あなた様はこんなにも蜜を垂らして喜んでいらっしゃる」
ただの生理的反応をそんな風に論われ、が必死に絞り出した否定の言葉も容易く一蹴して、ノボリが腰を揺らせば聞くに堪えない水音がより一層響き渡る。
恥ずかしいのか、苦しいのか、はたまた気持ちいいのか、本人ですらもう判別は不可能だった。
「こんなに酷く扱われてそれでも感じるとは…、わたくし以外の男に無理やり犯されたとしても反応してしまうのではないでしょうね」
自分で言っておきながら、それを想像しただけでノボリは脳が焼切れてしまいそうなほどの怒りと嫉妬を覚えた。
こんな可愛らしくもいやらしい姿を、他の男が見るだなんて、冗談にしても笑えない。
いっそこのままのこの姿を、自分の心のうちにだけ焼き付けてしまいたい。それはなんとも魅力的な考えにも思えた。
そうしてしまえば、もう、彼女の一挙手一投足に心を乱すこともない。この表情も、例えようのないほどの快楽も、ノボリ以外の誰も知らない、ノボリだけが知っている。そうすればという存在は、永遠にノボリだけのものだ。嗚呼、なんて素晴らしいのだろう。
先ほどまでの戯れのようなそれとは違い、明確な意思を持っての首を強く絞める。その違いに気づいたのか、が驚愕に目を見開いて、ノボリを見つめた。
「…あ、がっ、…!」
何処にそんな力が残っていたのかとノボリが驚くほどの強さで、ガリガリとがノボリの腕を剥がそうともがく。
そうやってが必死になればなるほどに、締め付けも強まっていく。
それに気づいたノボリは、今度こそ笑みをその頬に刻んだ。最後の時までは、自分を悦ばせようとしてくれているのだと。
「嗚呼、、あなた様は本当に…!愛しております、愛してっ、っく!」
一際大きな締め付けがノボリを襲い、ノボリが果てたのとほぼ同時。がくりと、の全身から一気に力が抜けた。
ためしに胸へと耳を当ててみれば、本来聞こえるはずの規則的な鼓動は聞こえてこない。ノボリは顔を上げ、を真正面から見つめる。
お世辞にも可愛いとは言い難い、苦悶の表情を浮かべたの顔を愛おしげに撫で、まだ温もりの残る唇にノボリはそっと口づけた。