ライブキャスターから鳴り響いたコール音とそこに表示された『ノボリさん』の文字に私は少なからず驚いた。
時刻は夜の12時を少し回った所で、そろそろ寝ようかなと思っていたぐらいだ。こんな夜遅くに、礼儀正しいノボリさんが連絡を寄越してくるなんて珍しい。
もしかしてなにかあったのだろうかと思いながら、私は通話ボタンを押した。

「もしもし」
「よかった、起きておられたのですね」
「はい、どうしたんですか?」
「夜分遅くに申し訳ありませんが、実はクダリのことで、お話しておかなければならないことが出来まして…」
「クダリさんのこと、ですか?」

数日前のこと。シングルトレインで私はノボリさんに告白をした。
と言ってもノボリさんへの告白ではなくて、クダリさんのことが好きだということをノボリさんに打ち明けて、クダリさんへの告白の協力をしてもらおうという魂胆だ。
バトルの場で突然恋愛相談をされて、ノボリさんはずいぶん驚いた顔をしていたけれど、最終的には「わたくしでよろしければ力になりましょう」と承諾してくれた。
そんなことがあっての、ノボリさんからの連絡。しかも要件はクダリさんのこと。気にならないわけがない。

「ええ。重要な話ですので出来れば電話ではなく直接お会いしたいのですが…大丈夫でしょうか」
「え、今からですか!?」
「あなた様がよろしければ、ですが」

少し言葉に詰まる。
なんといっても今は深夜。日付も変わったころに知り合いとはいえ他人、しかも異性の人間を家に上げることに抵抗がないといえば嘘になる。
けれど相手はあのノボリさんだし、なによりクダリさんの話だということが私の心を揺さぶった。

「えっと、私は大丈夫ですけど」
「では、今から向かいます。10分ほどでそちらに着くと思います」
そう言って通話が切られる。寝間着でノボリさんに会うわけにもいかないので、私は着替えをしておくことにした。
適当な服に着替えて、髪を少し整える。
どうしよう、お茶とか出したほうが良いよね。そう考えて、ポットでお湯を沸かし始めたとき玄関のベルが鳴った。
時計を見てみればきっかり10分たっていて、こんなところでまで時間に正確なのかと感心してしまう。
モニターでノボリさんの姿を確認して、「今開けますね」と声をかけた。

「いらっしゃい、ま、……え?」

玄関の鍵を開けて、軽くノボリさんを迎え入れようとした言葉は途中で疑問の声へとすり替わる。
だって、モニターで見たときには気が付かなかったけれど、ノボリさんの白いシャツの前面がべっとりと赤黒い液体で汚れていた。
絶句する私をおいて、ノボリさんはにっこりと破顔した。あれ、ノボリさんはこんな風に笑う人だっただろうか、混乱した頭ではそんなことしか考えられない。

「ああ、様…!」

感極まったかのようにノボリさんはぎゅっと私に抱きついた。その行動はまるでクダリさんのようで、更に訳が分からなくなる。
でも確かに、わたしに連絡してきたのはノボリさんで、話し方も服の色もノボリさんのそれだというのに、どうしてもこれがノボリさんと言い切ることができない。

「あ、の…、ノボリさん…?」
「はい、どうなさいましたか?」

怖々と尋ねてみると返ってきたのは肯定で、やはりノボリさんで合ってるんだとようやく確信する。
けれど、どうなさいましたかなんて、それはこっちのセリフだ。

「…どうしたって、私が聞きたい、です。それに、そのシャツ……、あの、それって、血、じゃない…ですよね?」

違いますよ、と否定してほしかった。なのにノボリさんはこともなげに「ええ、その通りですが」と答える。
ざあっと血の気が引いたのが分かった。顔を青くした私を見て、ノボリさんは勝手な解釈をしていた。

「わたくしの心配をしてくださっているのですか?ああ、しかしわたくしは何処も怪我などしておりませんので安心してくださいまし」
「あ、え、じゃあ、それは…?」
「これはクダリのものでございます」

クダリさんの、血。頭がゆっくりとその言葉の意味を理解して、ガツン、と頭を殴られたかのような衝撃が走った。

「っ、クダリさんの!?ク、クダリさんは、クダリさんはどうしたんですか!?」
「クダリはここにおります」
「は?」

この場にそぐわない間抜けな声が漏れる。
ここに、いる?きょろきょろとあたりを見回しても、ノボリさん以外の人影なんてどこにも見当たらないのに、どこにいるっていうんだ。

「ここにいる、って…どういう…?」
「ですから、クダリは、ここに」

ここ。ノボリさんが指さしたのは、ノボリさん自身だった。更に言うなら、お腹のあたり。
それに気づいたとき、一気に背筋を寒気が襲った。
二度目の衝撃は一度目の衝撃とは比べ物にならないほどで、ガタガタと私の意思とは無関係に体が震えだす。
まさか、冗談だと思いたいのに、血に染まったシャツとノボリさんの笑顔が現実逃避すらさせてくれない。
恐怖で声すら出すことができない。だというのにノボリさんはひとりで話は続け、聞きたくないのにその声は勝手に耳の中へ入ってくる。

「いまやわたくしとクダリは一心同体。わたくしはノボリですが、クダリでもあるのです」

「ですから、わたくしを愛してくださいまし様」

「ああ、わたくしとしたことが間違えてしまいました。あなたさまはもうとっくの昔に、クダリのことを愛していたのでしたね」

「ならば、私があなた様に言わなければならないことはただひとつ」

「わたくしも、あなた様を愛しております」

そう言って笑った顔は私の好きなクダリさんにそっくりだった。






同 化 す る た め の 方 法