「――リさん、起きてください。クダリさんってば!」
「っ!」

揺さぶられる感覚に、意識がじんわり浮上していく。どうやら書類と睨めっこしてる間に寝ちゃってたみたい。
ガバって頭を上げれば、苦笑交じりのの顔が見えた。

「おはようございます、クダリさん」
「んー…おはよう」
「その書類、書き直しですね」

ついっと指さされたのは、その上に突っ伏していたみたいで見るも無残にくしゃくしゃになってしまった紙切れ。

「これ結構時間かかったのに!」
「ご愁傷さまですー」

落ち込むぼくを見てけらけら笑ったは、ぼくに届けにきたらしい書類を無造作に机の上に置いて、「コーヒーでも飲みます?」と聞いてきた。

「うん、おねがい」

それに頷いて、汚れちゃった書類をくずかごにダストシュート!綺麗な放物線を描いて放り込まれたのに小さくガッツポーズして、新しい紙を取り出した。
でもどうにも手が進まなくて、手持無沙汰にくるくるボールペンを回しながら、さっき見ていた夢のことを考える。
内容なんて全然思い出せない、けど、楽しくて少しだけ悲しい夢だった。と、思う。
矛盾してるのはわかっているけど、でも夢の中のぼくは確かに楽しかったけど、胸の奥がずきずき疼いて堪らなかった。
なんだったんだろう、あの夢。考えてみても全然わからない。
両手になんだか違和感を感じて、じっと見つめてみる。何かが足りない気がする。けど、それが何なのかさっぱりわからない。でも、なんだかしっくりこない。
何度か握って開いて、それを繰り返してみるけれど違和感は消えなくて。ぼくは原因を探すのをあきらめて、コーヒーを入れるの背中をぼんやり見つめた。
唐突に、頭の中に悪魔みたいな考えが芽生えた。
殺したい。あの細い喉にこの両手を食い込ませて、酸素を求めて足掻く姿を目に焼き付けたい。それとも、致命的な傷を与えて、じわじわ色味を失っていく顔を眺めていたい?彼女からこぼれだす命の源を、余すところなくすべてぼくのものにしてしまうんだ。その宝石みたいにキラキラした瞳を抉り取って飴玉みたいに舐めまわしたらきっと飴なんかよりずっとずっと甘いに違いない。ううん、瞳だけじゃなくて彼女のことだから全身全部甘いに決まってる。骨の髄まですべて啜ってしゃぶりつくして頭の先から足の先まで全部ぼくの中に納めて跡形もなくなってしまっても、一日たてば元通りになっちゃうんだから、良いよね?
殺しちゃえ。ぼくが何もしなくてもどうせいつも死んじゃうんだから。さあ殺せ。いますぐに。いっそ一思いに。殺してしまえ。殺せ。殺せ。殺せ。殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――

「うるさいっ!」
「ひゃあ!?」

怒鳴りつけたら、一瞬だけ声が遠くなった。
びっくりした顔をしてがこっちを振り向いてる。ああ、怖がらせちゃった。そんなつもりはなかったのに。

「ク、クダリさん…?あの、どうしたんですか?」

突然怒鳴られたと思ってるは若干怯えた声音で、それに謝りたいのに口を動かすことすら辛い。
ぐわんぐわんと、頭の中で鐘が鳴ってるみたいに耳鳴りが酷い。の心配する声がどこか遠くに聞こえる。

「あ…、もしかして、具合悪いんですか?」
「…ううん、だいじょうぶ、だから」

がぼくの前にしゃがみ込んだ。椅子に座ってるぼくに目線を合わせるように。距離が近い。顔が、そのしたに続く頸が、手を伸ばせば届く距離にあって。細いそれに思わず、ごくり、生唾を飲んだ。
駄目だよ、。今のぼく普通じゃない、から。そんな無防備に近づいたらダメ。
忠告してあげたいのに、やっぱりぼくの口は思ったように言葉を発してくれなくて、その代わりとでもいうように、震える手をゆっくり伸ばした。

「え」

細い首。手をかけてぐっと力を込めた。じっとぼくを見つめてる真ん丸の目から視線を外せなくて。見つめあったまま更に強く絞める。
どこにこんな力があるんだろうってぐらいに強く手に爪を立てられて、皮膚が切れる感覚を感じても、力だけは緩めない。
ぐぐぐって、どんどん指が食い込んで、それが面白くって、もっともっと強く強く、渾身の力で絞め上げたらゴキンと何かが折れる音がした。
の身体から力が抜ける。驚いて手を放すと、ぐったりと床に倒れこんだ。その首は完全に明後日の方向を向いていて。…そっか、首、折れちゃったんだ。
あまりにもあっけなさすぎる。人間の身体ってこんなに脆いものだったっけ?ちょっとだけ疑問に思ったけれど、でもこれが当たり前のような気もする。
地に伏した死体を見下ろして、胸の内に満ちる満足感と幸福感と、ほんの少しの痛みに酔いしれる。夢の中のぼくの気持ち、今なら分かるよ。たぶんきっと、今のぼくとおんなじ気持ちに違いないから。
いつの間にか、両手の違和感も耳鳴りも消えていた。