2日かけてじっくりと煮込んだおかげで、それは口に入れただけでほろりと解けるように崩れていきました。
我ながら、上手にできたとわたくしは一人微笑みました。
これなら、食にうるさい彼女だって満足してくれるに違いありません。なにせ貴重な肉を使っているのですから、おいしくないわけがない。
「とてもおいしいですよ、いかがですか?」
そういって、スプーンに掬ったカレーを差し出しても、彼女は唇を横に引き結んだまま首を横に振るだけでした。
「そうやって、一昨日から何も召し上がっていないではありませんか。このままでは体を壊してしまいます…お願いですから食べてくださいまし」
スプーンを半ば唇に押し付けるようにして促しても、彼女は頑なに口を開こうとなさいません。
そんな彼女に嘆息を漏らして、そのままそれを自分の口へ運びました。
こんなにもおいしいのに、どうして食べていただけないのでしょうか。
また一口、カレーを掬うわたくしを、彼女は信じられないものを見るような目で見つめておりました。
辛うじて水は口にしてくれているものの、何も食べていないせいでその顔は少しだけやつれているように見え、なんとかしなければとは思うもののどうすれば彼女が食事をしてくださるのか、良い案は未だ思いつきません。
「何か食べたいものはございますか?」
やはり、と言うべきでございましょうか。薄々わかってはいたものの、返事は返ってくることはありませんでした。
「あなた様が食べたいと思うものをわたくし愛情込めてお作りいたしますので、何でも仰ってくださって宜しいのですよ?」
「…な、にも、」
その時、頑なに口を閉ざし続けていた彼女が小さな小さな声をもらしました。
2日ぶりに聞いた彼女の声は少し掠れていたものの相も変わらずわたくしの耳に心地よく響き、一言も聞き逃すまいとわたくしは立ち上がると彼女の横へと歩みよりその口元へ顔を寄せ続きを促しました。
「なにも、いらない。あなたの作るものは絶対に食べない」
「……そうは仰いますが、あなた様にはわたくしの手料理を食べる以外の選択肢はもう残されてはおりません」
「だから、なにもいらない」
ぎちりと鎖の食い込む手首を撫ぜると、擦れて痛むのでしょう、彼女は微かに顔を顰めまた貝のように口を閉ざしてしまわれました。
手首に残る擦過傷が何とも痛々しい。わたくしも決して彼女を傷つけたくてこのような仕打ちをしているわけではございません。
一番初めに食事を出したとき、暴れられてしまい折角作った料理をひっくりかえされましたので、そんなことをできないようにと両手足を椅子に括り付けた次第ですが、やはりこれはやり過ぎたのかもしれません。
とはいえ、元はと言えば彼女が大人しく食べてくれてさえいれば、わたくしもこんなことをしなくてすんでいたのですから、わたくしだけが悪いというわけではないでしょう。
「しかしこのままただ腐らせていくのは勿体ないと、あなたもそう思いますでしょう?」
テーブルの隅で腐臭を放ちはじめたそれらは一昨日と昨日彼女のために作った食事で、口をつけられることなく黙殺されたそれを片づけることなくテーブルの上に置いているのはひとえに、彼女に罪悪感を抱いてほしいから。
「クダリも、わたくしではなくあなた様にこそ食べられたいと、そう思っているはずです」
そう伝えれば彼女は悔しそうに唇をぐっとかみしめてしまいました。ああ、そんなことをすれば傷がついてしまうではありませんか。
「わたくしとて出来ればあなた様自身の意思で召し上がって頂きたいので今はまだ無理強いは致しません、…が、最終手段としては無理やりにでもその口へ捻じ込むことも致し方ないと考えておりますので、その時はご容赦くださいましね?」
唇に食い込む歯に沿って指を這わせ、そのままぐりぐりと押し込んで無理やり口を開かせて、「こうしてしまえば、簡単に食べさせることができるのですよ?」ふふ、と笑いを滲ませながら囁けば、彼女の顔に恐怖の色がありありと見て取れました。
「お腹がすきましたら、いつでも、お声をかけてくださいまし」
あっさりと指を離して、今日の分のカレーもまたテーブルの上に置いたまま、リビングを後にいたします。
うっすらと聞こえる啜り泣きをBGMに明日の献立をあれこれと考えつつ、ガチャリ、冷蔵庫の扉を開きますと、ばらばらに解体された肉の塊が所狭しと並んでおりました。
まだまだこんなにありますし、全て使い切る前には彼女も折れてくれるでしょう。
彼女と一緒においしく食事をするその時が、非常に楽しみでございます。
残 さ ず 食 べ て