べろり、肌理細やかなその白い肌に舌を這わせるとびくんと一瞬身体が跳ねた。
素直な反応に気をよくして、そのままそこへ吸い付く。真っ赤な痕が点いたことを確認して、小さく笑みを漏らした。点々と咲いた、まるで花弁のような鬱血痕の上に、また舌を這わせて思う存分、その肌を味わった。
至る所に残された痛々しい歯形に沿って、労わるように、それを上書きするように、何度も何度も舐めて吸って、そのたびに小さく反応を返すが心の底から愛おしい。その神々しさすら感じる肢体を上から下まで眺めて、全身くまなくノボリの唾液でじっとりと湿っていることを確認すると、ぞわぞわと全身を襲う何ともいえない快感に恍惚の表情を浮かべた。ああ、今確かに、の全ては自分に包まれているのだ。

「可愛い、ですね。あなたさまは本当に、とても可愛らしい」

独り言のように囁いて、嫌悪の色に歪むその顔を覗き込む。笑顔ならまだしもそんな表情でさえ可愛いと感じてしまうものだから、恋は盲目とはなるほど、上手く言ったものだと納得する。ノボリが恋に盲目ならば、は現在目を閉じて自主的に視界を断っていた。その閉じられた瞼の、眦に滲む涙を舐めとって、震える睫毛にキスをする。そのまま、瞼の縁からじわじわと舌を割りいれた。が眉を顰めるほどに更に固く力を込めて抵抗するものの、結局はびたりと眼球に濡れた舌が入りこみ、まるで飴玉でも転がすかのように蹂躙される。 今まで何度もやられたが、いつまでたってもなれることのない感覚に、「ぃや、だ、」と零れた拒否の言葉は当然のごとく無視された。右目が終われば次は左目、生理的に浮かんだ涙さえも全て舐めつくされて、ノボリがようやく満足して口を話した頃にはの瞳はひりひりと痛み始めていた。

「ああ、そんなに強く噛みしめると血がでてしまいます」

無意識に食い縛っていた歯を、解くようにキスをしながら歯列をなぞる。それでも一向に抜けることのない力に苦笑して、唇を合わせたままへ語りかけた。

「あなたさまは、やはりわたくしよりクダリを愛しているのでしょう?クダリならば、わたくしのようにあなた様をこうして縛り付けるようなこともありませんから。けれど、わたくしはただあなた様をお守りしたいだけなのでございます。わたくしは、決して、あなた様を傷つけるようなことはいたしません。それだけは、約束します。ですから、どうか、わたくしを選んでくださいまし…!」




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がぶり、柔らかな腹に噛みつくとの喉から押し殺した悲鳴が漏れた。
それを無視して、感触を楽しむようにがじがじと、何度も何度もその肉へ歯を立てる。思う存分感触を楽しんでから、白い肌に赤く残った歯形を見てにっこりほほ笑む。ああ、これも綺麗に残ってくれた。
次はどこにつけようか、の身体中に残った鬱血痕と、その上からつけた歯形を眺めて、まだ上書きしていない場所を探す。二の腕の内側にそれを見つけて、笑みを深くした。 決して傷はつけないように、でも痕はきっちりつくように。この力加減というのが意外と難しい。強く噛みついてしまえば肌が切れてしまうし、かと言って力が弱ければ痕はすぐに消えてしまう。
堅い場所ならばある程度力を入れて噛んでもそう簡単には切れないと分かっているが、こんなにも柔らかい肉だとちょっとでも気を抜けばぶちりと噛み切ってしまいそうで、それを想像すると恐怖からか興奮からか判然としないぞくぞくとした感覚が背筋を走った。ごくり、喉を鳴らしてさきほどより少しだけ噛む力を強めてみる。もう少しだけ、あとちょっとだけ、自分に言い訳でもするようにじわじわと食い込ませていく歯がとうとう、ぶつ、と皮膚を破った感覚とともに「っひ」と殺しきれなかった悲鳴が聞こえ、慌てて口を離した。

「いたかった…よね?ごめんね、ちょっとやりすぎちゃった」

じわ、と溢れ出した血を着ていた白いシャツで乱暴に拭う。滲んだ赤に困った顔をして、「ノボリにバレたら怒られちゃうかな」ぽそりと小さく零した。

「これ、ノボリには内緒ね?じゃないとぼくまた暫く出入り禁止にされちゃう!」

無邪気な顔でお願いされて、はこくこくと頷くしかなかった。そもそもこの状況で首を振るなんてことできるわけもなく、それを知っていて問いかけているのだからクダリも大概人が悪い。恐怖の色が滲む瞳を覗き込むと自身のひどく歪んだ笑みが映りこんでいて、クダリはくつくつと喉の奥から込み上げる笑い声を抑えることなく吐き出した。

「ねぇ、はやっぱりぼくよりノボリの方が好きなんでしょ?ノボリは、ぼくみたいに痛いことなんてしないもんね?でもね、ぼくはただ、きみはぼくのものだって、そういう証をつけたいだけ。そしたら、きみがどこにいっても安心!だから、ぼくを選んでくれたらすぐにでもここから出してあげるよ?今より痛いことはしないって約束するから、ぼくを、選んでくれるよね?」




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陽の光も、月の明かりも、四方を壁に囲まれたここでは決して届かない。時間の感覚は曖昧で、ノボリとクダリのどちらかが毎回律儀に持ってくる食事のおかげでかろうじて一日を数えることはできた。だからといって何の役にも立ちはしないが。
かわるがわる訪れる双子は、そのたびに好き勝手にの身体を舐めて、噛んで、至る所に痕をつけては自分を選べと懇願する。事実、どちらかを選べば少なくとも、今のこの状況からは抜け出せるのだろう。行動こそ制限はされていないものの、じゃらりとなる鎖の先に繋がれた首輪を嵌められこんなコンクリートに囲まれた部屋で、一日眠るように転がっているだけのこの生活は今にも気が狂いそうだ。けれど、だからといってどちらを選べば良いというのか。抑々、はノボリにもクダリにも、特別な感情を抱いたことなど終ぞなかった。というのに、突然拉致監禁され、一方的な愛を注がれても、嫌悪感が湧きこそすれ愛など微塵も感じようがない。適当にどちらかを選んだとしても、一般人のにこの二人の愛情は重すぎて、抱えきれなくなることは目に見えている。だからこそ、どちらも選べず、ただただ口を噤んで耐える道しかには残されてはいなかった。
不意に、コンクリートの一角がぽかりと口を開け、逆光で照らされた人影が目に入った。ああ、また悪夢のような時間がはじまるのか。何も考えず、何も感じず、目を瞑り早く時間が過ぎ去るのを待ち続けるだけの生産性のないこの行為は、一体いつまで続くのか、がそれを知る由などないが、ただ一つだけ確実に分かっているのは「もう解放してほしい」というの一番の願いはどうにも叶えられそうにないということだけだった。