ぼくはが好き。がもしぼくのものになるのなら、何をしてもかまわないってぐらいに好き。大好き。愛してる。
でも、はぼくのこと、別に好きじゃない。みたいに真面目な子は、きっと、ぼくよりもノボリみたいな、ああいう無愛想でお堅いタイプのが好きなんだと思う。多分。本人には、怖くて聞いたことないけど。
現に、ノボリとは割と気が合うみたい。ぼくがちょっとお仕事さぼってるの見つけて怒るときなんて、ちょっと似てて複雑な気分になるぐらい。
「クダリさんも、ノボリさんを見習ってくださいよ」とか、言われるの、すっごい傷ついちゃう。口にも表情にも、出したりしないけど、さ。
ぼくはこんなにのこと好きなのに、いつかはぼく以外の、例えばノボリなんかとくっついちゃうんだろうか。
そんな未来を想像して、心臓が千切れちゃうような痛みを覚えた。なにそれ。やだ。ぜったいやだ。がぼくじゃない人と一緒になるなんて考えたくもない。ましてや、それがノボリだなんて。いやだ。そんなの、許せない。
お腹の奥のあたりで、どろどろとした感情が渦を巻く。ぎゅう、ってそこを押さえてぼくはその場にしゃがみ込んだ。気持ち悪い。どす黒い感情の波に呑まれて溺れてしまいそうだ。
襲いくる吐き気に耐えられず蹲ったままの僕の耳に届いたのは、今とても会いたくて、でも会いたくなかった、あの子の声。
「っクダリさん!?どうしたんですか?どこか体調でも悪いんですか?」
ぱたぱた、軽い足音を立てて近づいてくるその気配に、床を見ていた視線を上げれば吃驚した顔をしている。
手には書類を抱えてるから、たぶん、ぼくらの執務室に来る予定だったんじゃないかな。こんなとこ見られちゃって、ほんとに情けない。
「クダリさん、大丈夫ですか?」
ぼくと同じように床にしゃがみ込んで、ぼくの顔を覗き込んでくるひとつひとつの仕草、ぼくを心配そうに見上げる瞳、気遣うような声、全部全部愛おしい。
ぼくのものにしたい、と、強く想った。誰にも渡したくなんかない。誰かに渡すぐらいなら、いっそ―――。
の肩をぐいと押すと、その身体は簡単に床へと倒れていった。
何が起こったか分かっていない、真ん丸に開かれた瞳に映るぼくの顔は、歪な笑顔。見ないで。今のぼく、きっととっても汚いはずだから。見ないで。お願い。
声にならない衝動がぼくを突き動かして、が何か言うよりもっともっと早く、ぼくは細い首に手をかけた。
「っあ、…クダ、リ…さ………や、め、」
ああ、聞きたくない聞きたくないぼくを否定する言葉なんて、何にも聞きたくない。
ばたばたと暴れる足もぼくの手にたてられた爪も何もかもがぼくを拒絶しているようで、更にぐぐ、と力を込める。ぼくはこんなに好きなのに。のことが好きなのに。ぼくを拒絶するなんて、いくらでも許せない。
もうほんとに、のこと好きで好きでたまらなくて、きっとぼくはおかしくなっちゃったんだと思う。
「、だいじょうぶ?」
返事の代わりに聞こえるのは微かな呻き声。床に倒れ伏すは、数日前から何にも食べてない。死んじゃったらどうしようもないから水は少しだけあげたけど。
ただ、今のは元気だったとしても物理的に喋ることなんか、出来ないんだけど。
力なく丸まったの軽い上体を持ち上げて、座らせてあげる。動くたびに、首元から傍の柱へと伸びた鎖がじゃらじゃらと鳴った。
だらりと項垂れた頭を支えて、真正面から見据えたの顔には痛々しい傷痕。それをそっとなぞって、ぼくはに問いかけた。
「ねえ、、つらい?」
こくり、頷きが一つ。
「もうやめて欲しい?」
また、一つ。
「じゃあ、今度はちゃんと、ぼくのいうこと聞いてくれる?」
その問いに、こくこくと、必死に、何度も何度も頷く。それを確認して、ぼくは、の口を塞いでいるジッパーを開いてあげた。
「ぅ、あ゛」と、の喉から漏れる獣じみた悲鳴は苦痛からか。
専門の知識なんてないぼくが無理やり縫い付けたそれはさぞや激痛を放つのだろうと想像はできたけれど、生憎ここには麻酔も鎮痛剤もないから、我慢してもらうしかない。
「それじゃ、。はぼくのこと、好き?」
「すき、…です。くだり、さんのこと、す、き」
「愛してる?」
「ぁ、いして、ます……あいし、て、ます、からぁ、…ゆるし、て」
か細い声を発するための小さな動きすら出来たばかりの傷に響くのか、痛みに朦朧としながらも、はぼくに愛してると繰り返す。
その姿がいじらしくって、可愛くって、ほんとはすぐに許してあげるつもりだったのに、ついつい意地悪して少しだけその響きに聞き入っちゃった。そうして暫く堪能したあとで、ようやくぼくは、に笑いかけてあげた。
「うん。いいよ、許したげる!」
それを聞いて、ふっと、の身体から力が抜けた。
「わ、っとと!」
一瞬崩れ落ちそうになった身体を支えると、自然ぼくによりかかるような形になる。
さっきより近くなった距離で、ぼくの耳に未だ延々と続くの愛が流れ込んできて、折れそうなぐらいか細いの身体を抱きしめてぼくは幸せに浸っていた。
愛を喰らったケモノ
あの日、の首に手をかけたあの日。気を失ってしまったを見てぼくは途端に怖くなって、すぐに手を離した。
だってぼく、を殺したいわけじゃない。ただ、一緒に居たいだけ。ただ、ぼくを、好きになって、愛してほしいだけ。でも、こんなことをしてしまって、ぐったり、床に倒れてるは、もうぼくのこと好きだなんて言ってくれないだろう。もしかしたら、ぼくの前からいなくなってしまうかもしれない。
そんな、きっと間違っていないだろう予想の、どれもこれも、怖くて、嫌で、ぼくは結局、をぼくの元に隠すことにした。
そうすれば、ぼく以外のだれもを見ないし、もぼく以外のだれも見ない、どこかに行ってしまうこともない。実際にやってみれば、なんで今までそれを思い付かなかったんだろうってぐらいに、それは素敵なことだった。
目を醒ましたは、最初は逃げようと暴れて、ぼくのこと罵ったりしたから、とっても悲しくって辛くって。
ほんとは痛いことも酷いこともしたくなかったのに、がぼくに先に酷いことをしたから、少しだけお仕置き、してあげた。ほんの少しだけ。ただ、逃げ出さないように首輪で繋いで、ぼくのこと、好きって言ってくれない口なんかいらないから、静かになるように文字通り『お口にチャック』しただけ。
それだけで、こんなに幸せになれるなんて。ほんとに、なんでもっともっと早くこうしなかったのかな。
そしたらあんなに苦しい思いすることもなかったのに、ぼくってほんとに馬鹿だなあ。