休憩時間中、自販機で買ったココア片手に駅員室へと入ってきたは自分のデスクの上を見て首を傾げた。

「あっれおかしいな…、ここに置いてあったケーキ知りません?」
「ケーキ?」
「はい、ちょっと飲み物買ってきた間になくなっちゃってて」
「誰かに食べられたんとちゃうん?」
「それはないですよー、だって私の食べかけですもん」
「ああ、確かにそれはないわ…」
「ですよね!」
「お前がな」
「えっ」

クラウドに鋭く突っ込まれ、は驚きの声を上げる。
どうしてそういわれるのかさっぱりわかっていないを、クラウドが呆れ顔で諌めた。

「食べかけ放置はないわ…女としてそれは駄目やろ」
「だって食べた後で飲み物無かったことに気づいたんですもん。クラウド先輩ほんとに知りません?」
「いや、俺帰ってきたの今さっきやし、知らんなぁ」
「ええー、どこいったんだろ。あれ結構高かったのに!」

むっと口をとがらせて、ぐるりと室内を見渡したの視線が、今までおとなしく事の次第を見守っていたクダリへ向けられる。

「ボスも知りません?私のケーキ」
「ん、ぼく知ってる」
「そうですよね知りませ……うん?今なんて言いました?」
「ぼく知ってる」
「知ってるなら早く言ってくださいよ!」
に声かけられるの待ってた」
「待たないで下さい…」

飄々としたクダリの態度に脱力しつつ、は「で、ケーキはどうなったんですか?」と問いかける。
その問いを待っていましたとばかりに、クダリはとびっきりの笑顔で口を開いた。

「ぼくが食べちゃった。ごめんね!」

まるで語尾に星でもついていそうなほどに軽々しいそのセリフに、は一瞬何を言われたのかわからずきょとんとした顔をしてしまう。
けれど、言われたことを理解していくうちにじわじわと怒りがこみ上げてきた。

「何勝手に人のもの食べてるんですかボス!!」
「でもおいしかった!」
「美味しかったじゃなくて!しかもなんですかあの適当な謝り方、絶対悪いとか思ってないでしょう!」
「んんー、じゃあもうちょっと真面目にいう。、間接キスしちゃってごめんね?」
「謝ってほしいのはそこじゃないです!いやそこも問題ですけど!」

クダリの発言に、ようやくその事実を認識したのか、の顔が一気に赤くなる。
完全に先ほどまでの勢いを削がれてしまい、は大きく息を吐いた。

「もう…ほんとなんてことしてくれてるんですかボス…、しかも、かっ、間接キス、とか…!」
「だって食べたかったから」
「食べたかったじゃないですよ…」

様々なショックが重なり、すっかり落ち込んで頭垂れた
そんな彼女を慰めるかのように、が落ち込んでいる諸々の原因であるクダリはぽんぽんと優しくその頭を撫でる。

「元気出して、

元気なくしてるのはお前のせいだよ、とはもちろん言えるわけもなく、は無言でクダリを見上げた。

「あのね、ぼく、のためにちゃんと代わりのおやつ用意してる」

そう言ってクダリがの方に差し出したのは、どこからどう見ても半分ほど食べられているアイスクリーム。
というか、ついさっきまでクダリ自身が口にしていたそれだった。

「ちなみにこれぼくの食べかけ!」
「言わなくてもわかりますし食べかけってそんな誇らしげに言わないで下さいよ。というか食べませんからね!」
「でもこれ、がこの前食べたいっていってたヒウンアイス。食べてくれないの…?」
「ぐっ…そ、そんな目で見ないでください…!」

まるで捨てられたヨーテリーのような目で見つめられ狼狽える。
クラウドに助けを求めようと振り返ったの目に映ったのは、ガランとした駅員室。
え、と目を丸くしたに、クダリが追い打ちをかける。

「クラウドならちょっと前に出て行った」
「に…逃げたな先輩」
「はい、あーんして!」
「いやですううう!」

逃げようにもここは室内であり、更にコンパスもクダリの方がよりはるかに大きい。

「大丈夫、もぼくと間接キス!これでおあいこ!」
「何が大丈夫なんですか!」

気づけば壁際へと追い詰められ精一杯手を突っ張って接近を阻止しようにも、力の差は埋めがたい。
アイスを乗せたスプーン片手に迫ってくるクダリの生き生きとした姿が悪魔のように見えたと後には語った。











「あーん!」
「う、ぐぐ……あ、あーん…」
「おいしい?ねぇおいしい?」
「…お、おいしい、です」

恥ずかしさのせいで冷静にアイスの味を判断できるわけもなく、半ば無理やりのような形で感想を言わされてしまう。

「そっか、良かった!もっと食べて」

一度で終わりと思いきや再びスプーンを差し出され、はぱちぱちと目を瞬かせる。

「え、これ、もしかして」
「全部食べるまでやる!」
「ですよね………いただきます」

やるといったことは何がなんでもやるというクダリの性質を、今まで何度も目の当たりにしてきたは、これはもう逃げられないなと覚悟した。
顔も真っ赤にさせながらももはや諦めの表情で黙々とクダリの手からアイスを食べさせて貰うと、にこにことしたクダリの対照的な姿。そしてそのなんとも恥ずかしい光景に、休憩を取りにきた駅員たちはみな室内に入ることもできず、扉の外で途方に暮れるしかなかった。