「失礼しまーす。ちょっと怪我しちゃったんで……あれ、左近じゃん」
医務室の扉をあけると、ごりごりと薬を研いでいたのは善法寺先輩でなく左近だった。
「善法寺先輩は?」
「6年は今日から3日間実習で居ないんだ」
「へぇー、6年ともなると大変だね」
「で、今日はどうしたんだよ」
「ああ、そうだった」
薬を研ぐ手を休め、こちらに身体を向けた左近に怪我をした手を見せると「うわぁ」という顔をされた。
「お前、どうしたんだこれ」
「なんか苦無ですぱっといっちゃったー」
「いっちゃったー、じゃないだろ…」
一応簡単に止血はしたものの、ぱっくり開いた傷は見た目の通りものすごく痛い。
呆れた表情の左近は薬棚からがさごそと薬を取り出すと、なんの前触れもなしにそれを傷口に塗りつけた。
「いっ、たぁ!!!」
「これぐらい我慢しろ。」
「待って待ってほんと痛いんだけどこれマジで薬?
実は塩塗りこんでますとかじゃないよね?」
「そんなわけあるか!」
「い゛っ!!」
「わ、悪い!」
ぐっ、と傷口の辺りを握られて喉の奥から声が漏れる。
そのことに気がついた左近は慌てて手を離したけれど、じくじくという痛みは治まらない。
「ううう…痛いよー…。一応怪我人なんだからもうちょっと優しく扱ってくれてもいいと思うの」
「だから悪いっていってるだろ」
幾分か機嫌が悪くなった左近の手つきは少し荒々しい。
それでも、流石に手馴れているのか包帯を巻くのはすぐに終わってしまった。
「これで大丈夫。明日も薬塗るから保健室にこいよ」
「えー?またあれ塗るの?」
「塗るけど」
「だってあれ痛いじゃん」
「痛いからこそ効くんだろ」
そうは言うものの、わざわざ痛い思いをしにくるのもいかがなものだろうか。
それなら教科書見ながら自分でどうにかしたほうがいいのかも…と思い、
それを口にすれば左近の目つきが険しいものになった。
「それだけはやめろ絶対に駄目だ」
「なんで?」
「料理もまともに作れない奴が薬の調合が出来ると思うか?」
「それこそ練習あるのみだと思うんだけど」
「いいから! ちゃんと医務室に来い!」
厳しい口調で言われて、渋々ながらも頷く。
まぁ、半分ほど冗談のつもりだったから反対されても良いんだけど…。
「別にむきにならなくたって……。ちゃんと左近の所に来るから大丈夫だって」
何気なく言った言葉に、左近が赤くなった。
「なっ…!?」
「? どうしたの左近」
「今の、どういう意味…」
「だって善法寺先輩居ないんでしょ?
そりゃ三反田先輩とかもいるけど、どうせなら知り合いの方が気が楽じゃない?
だから左近の居る時に医務室に行くねって意味で言ったんだけど…」
それを聞いた左近は何故かがっくりと肩を落としている。
どうしたんだろう?具合でも悪いんだろうか?
そう思って顔を覗き込もうとすれば、すごい勢いで後ずさられる。
「何? 左近、顔赤いけど大丈夫?」
「だっ、大丈夫だよ! それより、もう用事はすんだんだからさっさと出ろ!」
「え?えええええ?」
ぐいぐいと背中を押され、医務室を出ればぴしゃりと襖を閉められる。
どうして締め出されたのか理由は分からないけど、襖越しに「手当てしてくれてありがとう」と声をかけると、
少し間を空けて「……ああ」と返事が返ってきたから特に怒っているとかそういうわけじゃないんだろう。
襖を閉められる寸前、ちらりと見えた左近の耳が真っ赤だったのは、風邪でも引いてたからかもしれない。
最近寒いから私も気をつけなきゃなぁーなんて考えてその場を後にした私は、
その時左近が医務室でとても幸せそうな顔をしていたことを知らなかった。
その感情の名も知らないまま