「なんかね、今河原にすごい放下師がきてるんだって」
「へぇ」
「一緒に見に行こう?」

小首をかしげてそう問われれば、どんなに興味が無いことでも嫌だと言えない僕はすごく情けない。
だけど「やったぁ!」と言って笑うの笑顔が見れれば、それでいいかな、とも思ってしまうわけで。

(だから皆に馬鹿にされるんだよなぁ…)

「着替えてくるね!」と走り去ったの背中を見送って、僕も着替えるために自分の部屋に戻った。



その放下師は本当に有名な人物のようで、河原には既に人だかりができていた。

「すっごい人だねー」
「これちゃんと見えるの?」
「んー…、とりあえず前行こ前!」

ぐい、とが僕の手を引く。
突然の行動に僕がどきりとしている間に、そのまま強引に人ごみへと突っ込んで、いつのまにやら最前列。

「うっわ、すごいすごい!」

目をキラキラさせて、放下の一つ一つに手を叩くの姿はすごく可愛いんだけど、
その目が僕に向けられているわけじゃないことに、なんだかすごくもやもやとした気分がする。

「どうしたの?」

はっと我に返ると、が僕の顔を覗き込んでいた。

「べ、べつになんでも」
「うっそだぁ。ここに皺が出来てたもん。」

が指先で眉間を示す。
どうやら僕はかなり険しい顔をしていたみたいだ。
ごまかしてはみたけれど、は一度食いつけばなかなかしつこい。
興味津々な視線に晒されて、僕は渋々口を開いた。

は、あの放下師と僕だったら、どっちの方がすごいと思うの?」
「放下師」

さらり、即答されて肩ががくんと落ち込むのが自分で分かった。
そんな僕をきょとんとした表情で見つめたは「でもかっこいいのは団蔵だよ」とこれまたさらりと言い放った。

「え!?」
「なんで驚いてるの?」

当たり前でしょ、というの声がどこか遠くに聞こえる。
どこかふわふわした感情に包まれて、顔に熱がぐわあっと集まっていくのが分かった。