好き嫌い克服法

正直な話、

会計委員会、決算当日の深夜の話

蛙の子は蛙?

頭に残る手のひらの感触が温かくて、思わず笑いが漏れた

もう既に堕ちているのかもしれない

藪をつついて蛇がでる

冷静なのも困りもの













































   


兵助

「うー……」

ででん、と目の前にそびえる白くて四角い食べ物――そう、豆腐。
何を隠そう、私は豆腐が苦手だ。

「早く食べないと授業始まるぞー」
「わ、わかってるけど…!」

どうしても食べる気にならない。
一向に箸をつけようとしない私に、
兵助は「仕方ないなぁ」と言うと、ひょいと豆腐を口に運んだ。
食べてくれるの…!?と感激したのも束の間、
兵助の顔が近づいてきていきなり口付けられる。

「んっ…!?」

あまりに突然のことに驚いて、
口付けと同時に流し込まれた豆腐も飲み込んでしまった。

「っな、なにして」
「こうすれば食べれるだろ?」
「……へ、兵助……」
「ほら、早く食べよう」
「っ、うん!!」









「なぁ、ハチ。あのバカップルどうにかしてくれ」
「無理」




























   


正直な話、

「ここで槍が飛び出したらすごく怖いと思うの!」
「えー、ここはやっぱり落とし穴だよ」
「落とし穴なんてありきたりじゃない」
「ありきたりな罠にかかったほうがショックは大きいだろ?」
「でもそんなの面白くないって。ここはやっぱり意外性をさ!」
「意外性も大事だけど基本に戻るのも大切だって」
「いやいやいや、ここはやっぱり槍よ槍!」
「落とし穴の方が良いよ」
「槍!」
「落とし穴!」

「お前達、何を言い争ってるんだ?」
「あ、土井先生。僕たち、カラクリ部屋に新しくしかける罠について話してるんですけど」
「兵太夫ったら、ここには落とし穴の方が良いって言うんです。
でも、槍の方が衝撃的だし面白いですよね?」
「だから、落とし穴!」
「絶対槍!」
「「先生はどっちがいいと思いますか!?」」
「あ、あー……そうだなぁ…。」




正直な話、

        (どっちでもいいんだが……とはいえないよなぁ…。)





























   


会計委員会、決算当日の深夜の話

「潮江先輩、これぜったい無理です終わるわけないです」
「バカタレィ!弱音を吐く暇があったら手を動かせ!」
「無理無理無理、だってあと何冊あると思ってるんですか、もう手も動きません!」

今にも崩れそうな帳簿の山に囲まれて、今にも泣きそうな私に潮江先輩の檄が飛んだ。
もう何時間算盤をはじいたか分からないけれど、目の前の山はなくなるそぶりすら見えず、
むしろ始めた当初より多くなっているような気がする。
使いすぎてぶるぶると震え始めた腕を潮江先輩に見せると、先輩はチッと舌打ちをした。

「仕方ねぇ……少し休憩するか」
「ありがとうございます!」
「あと四半刻したら再会するぞ。それまで休んどけ」

そう言って、潮江先輩は最初に用意していたおにぎりに手を伸ばす。

「先輩、手洗わないと汚いですよ」
「知るか、食えりゃいい」

ばくばくと豪快におにぎりを口に運ぶ先輩にお茶を注いで、隅の方に眠る後輩達に目をやった。

「…みんな幸せそうに寝てますねぇ…」
「これぐらいで音を上げるとは、鍛練が足りん」
「そう言いつつ休ませてあげる先輩も先輩ですけどね……。私も寝ていいですか?」
「駄目だ」
「ですよねー………今日も徹夜か」

はぁ、と深くため息を吐いて冷え切ったおにぎりを口に運ぶと、塩のしょっぱさが心に沁みた。

































   


蛙の子は蛙?

※年齢操作

「団蔵ーっ!!」

どたどたどたという忍術学園には不釣合いな騒がしい足音。
仮にも6年間ここで学んでいるのなら、足音を立てずに走るぐらいはできないものなのか。

「なんだ? というかお前もうちょっと静かに走れよ」
「うるっさい。それよりも何よこれ!」

そう言って彼女が差し出してきたのは先日作ったばかりの今期の予算案。

「何って、予算案じゃないか。それがどうしたんだ」
「あのねぇ、保健委員の予算がこれだけって一体どういう了見? 乱太郎が嘆いてたわよ」
「仕方ないだろ。ただでさえ予算が足りないんだ」
「でも、こんなんじゃ必要な薬だって充分に買えないじゃない!」
「必要最低限の予算は回してる。これ以上の増額は無理だ」

ぴしゃりと言い切って予算案を投げ返すと、不服そうな表情が目にはいる。
そんな顔したって無駄だからな。と言ってやると、彼女は俺を軽く睨みながらぼそりと呟いた。

「…団蔵、なんか最近潮江先輩に似てきた」
「それ、あんまり嬉しくない」
「…会計委員って成長するとみんなあんな感じになるのかしら……ギンギーンって…」
「お前怖いこと言うなよ」




    蛙の子は蛙?




「お願いだからギンギンとか言い出さないでね!」
「誰が言うか!」




























   


頭に残る手のひらの感触が温かくて、思わず笑いが漏れた

食堂で昼食を食べ終えて、午後の授業の予習をしようかと席を立つ。
今からは何の術の授業だったっけ…?
と、考えているところで食堂の入り口から聞きなれた声が聞こえて、足が止まった。

「伝七!」
「…っ」

逃げようと思ったけれど先に見つかってしまい、抱きしめられるともう逃げられない。

「……離してくれませんか、先輩」
「先輩じゃなくてお姉ちゃんでしょ?」
「先輩です」
「お姉ちゃんって言ってくれなきゃ離さない」
「……止めてください姉上」

恥ずかしさをこらえてそういうと、

「うーん…昔みたいにお姉ちゃんって言って欲しいんだけどなー…」

と不満そうに言いつつもようやくその手を離してくれた。

「ところで、伝七」
「…なに?」

少しよれてしまった装束を直しながら聞き返すと、真剣な顔で肩を掴まれる。

「授業は大丈夫? ちゃんとついていけてる?委員会は楽しい?
もし仙蔵に苛められたときは遠慮なく言うのよ私が叩きのめしてやるから!」
「だっ、大丈夫だから気にしないで!」
「それなら良いんだけど……、本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫! 授業も委員会も楽しいから!」

特に一番最後の部分を必死に否定してどうにか言いくるめる。
どこか納得のいかない顔はしていたけど、次の瞬間にはすぐに笑顔に戻っていた。

「まぁ、伝七は良い子だから大丈夫よね。でも何かあったら力になるから何でも言ってよ?」
「分かってる、姉上」
お 姉 ち ゃ ん
「…………お、姉ちゃん」
「よし! っと、ご飯食べる時間が無くなっちゃうわ。じゃあね、伝七」

そういって僕の頭を2回ほど撫で、食堂のおばちゃんの所へ行った背を見送って僕も急いで食堂を後にした。







「あれ、伝七。何ニヤニヤしてるんだ?」
「べ、別にニヤニヤなんかしてないよ!」




























   


もう既に堕ちているのかもしれない

「ねぇ」
「何?」
「どうして落ちてくれないの?」

今までの会話の流れとかそういうものを全部無視して、綾部はそう聞いてきた。

「落ちるって、蛸壺に?」
「うん」
「そりゃ落ちたくは無いよ」
「なんで?」
「な、なんでって…」

即座にそう切り返されて、言葉につまる。
冗談のつもりなのかとも思ったけれど、綾部はどこまでも真顔だった。

「ほら、だって土で汚れちゃうし」
「洗えばいいよ」
「いや、そうだけど、そういう問題じゃなくて」
「じゃあどういう問題?」
「どういう問題っていうのでもなくて、…えーっと……、
ほら、穴に落ちたりしたら恥ずかしいじゃない?」

同意を求めたはずなのに、それを聞いた綾部は少しだけ考えて

「じゃあ、一人じゃなかったら恥ずかしくないよね?」

とだけ言うと、突然私の腕を思いっきり引っ張った。

「え、ちょっ……待っ…、」
「えいっ」
「ぎゃあああ!!」

静止の言葉は少しだけ遅く、綾部は軽い掛け声と共に蛸壺へとジャンプする。
当然、綾部に腕を掴まれたままの私の体もそれにつられ、私は綾部と一緒に蛸壺に落ちていた。


「だーいせーいこーう」
「大成功じゃないでしょ! あー…もう、服ぐちゃぐちゃだし…」

装束についた土を払い落としながらぶつぶつと文句を言うと、
きょとんとした顔の綾部に「楽しくなかった?」と聞かれた。

「なんで穴に落ちて楽しくなるの」
「僕は楽しかったけど」
「は?」
「二人で落ちたから、楽しかった」

まだまだ文句はたくさんあったのに、その言葉だけで綾部のことを許せてしまう自分は馬鹿なんじゃないかと思う。




もう既にちているのかもしれない




























   


藪をつついて蛇がでる

「ジュンコになりたい」

そう呟いたら横に居た藤内がギョッとしたような顔でこちらを見た。

「何か文句でも?」
「いや、その……なんでジュンコに?」
「羨ましい」

極々簡潔なその一言だったのだけれど、藤内はそれだけで全てを理解してくれたらしい。
「…ああ」と言った藤内は私の視線の先を追う。
そこには一心不乱にジュンコの名を叫びながら草むらを掻き分けている孫兵の姿があった。

「絶対あいつ私が行方不明になったとしてもあんな必死にはならないよ、断言できるね」
「そんなこと…」
「無いとは言えないでしょ」
「……」

この場合の沈黙は肯定だ。
すっかり黙りこくってしまった藤内に悪いことしたなぁ…と思いつつ、まだまだ腹の虫は収まらないわけで。
むしゃくしゃした気持ちを地面にあった小石にぶつけるようにして蹴り飛ばした。
綺麗な弧を描いて小石が草むらに落ちる。
がさり、と草むらが不自然に揺れ、そこからジュンコが這い出してきた。

「ジュンコ!!」

それに気付いた孫兵がジュンコの元へと駆け寄り、すりすりと頬ずりを始める。
ジュンコとのスキンシップを一通り終わらせた孫兵は、
まさかの事態に目を丸くしていた私の所へ来ると私の両手をがしっと掴んだ。

「ジュンコを見つけてくれてありがとう!!」
「…や、その、どういたしまして…」

別に狙ったわけではなかったから曖昧な返事しか返せない。
それでも私に向けられた孫兵の笑顔が嬉しくて、今回ばかりはジュンコに感謝しようと思った。

































   


冷静なのも困りもの

「どうやら戦が始まったらしい」

突然告げられたその言葉に「ええっ!?」と叫びそうになった私の口を、庄左ヱ門の手が素早くふさぐ。
「静かにっ!」という押し殺した鋭い声にここがとある城の屋根裏だったことを思い出し、
進入したのがばれた…!?
と肝が一瞬ひやりと冷えたけれど、どうやら誰も気付かなかったらしい。
二人でふぅ…、と安堵のため息をついてから、庄左ヱ門は手を外してくれた。

「危ないじゃないか」
「ごめ、あんまり吃驚しちゃって。実習は中止?」
「うん、今先生から連絡が来て、すぐに戻って来いだって」

そう言われても、既に城内に入り込んでしまっているのだから、脱出だってそう簡単では無い。
戦が始まったということは、警戒だって厳しくなっているわけで、捕まれば一巻の終わりだ。

「……どうしよう?」
「どうしようって…。
急な攻撃らしくて、この城もまだ完全に統制が取れてるわけじゃないから今のうちに早く脱出するのが一番だと思うよ」
「わ、分かった」
「じゃ、僕が先に行くから、後ろの警戒はよろしく」

てきぱきとやるべきことを決める庄左ヱ門はなんとも頼もしい。

「いつものことだけど、庄ちゃんってば冷静ねー」
「好きな子の前で慌てられるわけないじゃないか」
「え?」
「ほら、はやく行くよ」

いつものやりとりのはずなのに、いつもとは違う返答に吃驚している私をよそに庄左ヱ門はぐい、と腕を引っ張る。
庄左ヱ門の言葉を頭のなかで反芻して、たっぷり時間が経ってからようやくじわじわと笑みが浮かび始めた。





                  (城の中じゃなきゃ抱きついてたのに!)