「こらぁ!待ちなさいっ!!」
トレイユの街の中央通りに、少女の怒鳴り声が響く。
それと同時にバタバタと騒がしい足音が通り過ぎていった。
前を走るのは10歳ぐらいの少年。そしてそれを追いかける16歳ほどの少女。
常識的に考えれば、「何かあったのだろうか」という光景なのだろうが街の人々にとって、
それは見慣れた風景なので誰もが「あぁ、またやっているなぁ」というぐらいにしか思っていない。
少年が曲がった角を、見失うまいと少女も曲がる。
と、そのとき。
ドンっという音と共に少女の身体に衝撃が走った。
「わわっ」
「ぅおっ!?」
後ろに倒れそうになる少女の身体を、咄嗟に伸ばされた手がつかんだ。
「す、すみませ……って、なんだグラッドお兄ちゃんか」
「こら。人にぶつかっておいてなんだとはなんだ。なんだとは」
「あ、ごめん。グラッドお兄ちゃん」
注意されて、少女ことは素直に謝罪を返す。
が、今はそれどころではないことを思い出しグラッドに質問をした。
「あのさ、グラッドお兄ちゃん。シャルロ見なかった?」
「え、あぁ、シャルロな。見なかったぞ?」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
「ふーん…?」
目を逸らしながら答えるグラッドを、は怪しげに見つめる。
その視線に気がついてグラッドはこほんと咳払いをした。
「あー…で、どうしたんだ。また喧嘩か?」
「喧嘩って言うか……はぁ…」
苦し紛れに話題を逸らしたグラッドだったが、何故だかの様子がいつもと違う。
いつもならばここでは愚痴を言い始めるはずが、今日はただため息をはくだけである。
「、シャルロのことでなにかあったのか?」
「別に何があった、ってワケじゃないけど…」
どこか言葉を濁すように、は目を逸らしながらもごもごと口の中だけで呟いた。
「…よし、。ちょっと来い」
「え、わ、ちょ…グラッドお兄ちゃん!?」
――明らかに、おかしい。
そう判断したグラッドは無理やりを駐在所まで引っ張っていったのだった。
ところかわって駐在所。
紅茶を入れたカップをテーブルの上において、グラッドはの向かいの椅子に座った。
「…で、どうしたんだ。今日はいつもと様子が違うぞ?」
「……だから、別に」
「いーや、絶対なにかあったに決まってる。じゃなきゃお前がそんなに落ち込んでるもんか」
「私、そんなに落ち込んでるみたいに見える?」
「見える」
きっぱりとした即答に、はまたため息をはく。
「…シャルロと喧嘩した」
「それはいつものことだろ?」
「そりゃそうだけど。今回は喧嘩の理由が悪かった」
「で、どう悪かったんだ?」
「…」
喧嘩の理由が悪かった。それはどういうことだろう、とグラッドは考えたがいまいちよく分からなかったので素直にに話を聞くことにした。
…のだがなぜかはそれに答えようとしない。
双方無言のまま数分が過ぎ、気まずい沈黙を破るかのようにグラッドが口を開いた。
「あのな、」
「何?」
「理由を教えたくないんなら、別にいいんだ。でもな、お前が何で落ち込んでるのか、俺には分からない。
何で落ち込んでるか分からないから、俺はただお前が落ち込んでるのを横で見てるだけだ。
お前が理由を教えてくれなきゃ、俺は何も出来ない。それは嫌なんだ、わかるか?」
「…グラッドお兄ちゃん」
「無理して話せとは言わない。…けど、俺じゃ頼りにならないのか?」
「違っ…、グラッドお兄ちゃんはすごく頼りにしてる。
え、とね、話したくないわけじゃないの。ただ、話しにくい…っていうかなんていうか」
そこまで言って、は俯いた。よほど話しにくいことなのか、肩が小刻みに震えている。
やがて、は小さな声で話し始めた。
「…が………に…私……って…から」
「悪い、もう一回言ってくれ」
「だから、…ルロが……ちゃんに…が…きだって…言ったから」
「、声が小さくてよく聞こえない」
「だからっ、シャルロがっ、グラッドお兄ちゃんにっ、私がグラッドお兄ちゃんのことが好きなんだって言うって言ったから喧嘩したのっ!!」
最後の方は息継ぎ無しのほぼ叫びながらで、はそれだけを言うとそのまま目の前の紅茶をゴクゴクと呷った。
一方、本当に突然告白されてしまったグラッドはなにがなんだか分からずにきょとんとしている。
「それだけっ! じゃあねっ、グラッドお兄ちゃんっ!!」
自分の紅茶を飲み干したは真っ赤な顔でその場から逃げるように走り去っていってしまった。
後には、いまいち状況が掴めないままのグラッドが一人取り残される。
「なんだったんだ……今のは」
金縛りにあっていたかのように動かなかった身体がようやく動きだし、グラッドは取り敢えず紅茶のカップを片付けることにした。
「自分の気持ちを言うだけ言って消えやがって……」
口調は不満気だが、しかしその顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
取り敢えず、今さっき匿ってやったシャルロを見つけ出して、の所へ連れて行こう。
そこで今の言葉の返事をするんだ。のことだから会ってくれないかも知れないが、そのときはそのときだ。
グラッドはそう考えると、自分の紅茶のカップを片付けて、駐在所を後にした。
恋心はずっと眠っていたんだ
(それに気がついたのは君が現れたから)