「うわ、なにこの匂い」
いつものように「忘れじの面影亭」へ手伝いに来たは、その場に漂うなんともいえない匂いに思わず顔をしかめた。
それは庭の方から漂ってきていて、思わずそちらへと足を向ける。
庭には今までが見たこともないような不思議な光景が広がっていた。
「……魚?」
庭でが見たものは、天日に干された、大量の魚の開き。
それら一つ一つがなんともいえない異臭を放っているのだ、臭いに決まっている。
うぇ、と鼻をつまみながらも一体これはなんなのだろうと魚を覗き込む。
「おや、ではないか」
突然声をかけられて、魚を覗き込んでいた顔を背後にめぐらせると、そこにはセイロンが立っていた。
「あ、セイロンおはよー」
「うむ、おはよう」
「ところでさー、これ、セイロンの?」
魚を指差して聞くと、そうだ、と肯定の返事が返ってくる。
「よく分かったな」
「ん、なんかすっごいシルターンっぽかったし、こんな変なことするのはセイロンぐらいしかいないと思ったから」
「我しか居らぬとはどういう意味だ」
「だっていかにもセイロン!って感じじゃん。 因みにこれ、何? このあとどうするの?」
「これはあと一日天日に干して保存食にするのだよ」
「へ!? これ、食べるの!?」
「当たり前ではないか。 食べる以外に何があるというのだ?」
「いやだって、これ、すっごいにおいなんだけど」
「それが良いのではないか。 まあには少し早いかも知れぬな、あっはっはっはっは!」
「むっかつくー……」
不機嫌そうな顔になるをみて、セイロンはまた大笑した。
その態度には頬を膨らます。
「そのような顔をしておると顔が戻らなくなるぞ」
「もともとこんな顔なんで別にいいですー。 ていうかほんと臭い! さっさと離れよ!」
「今は中に入らぬほうが良いぞ」
「へ、何で?」
「御子様と店主が喧嘩をしてな。 なかなか険悪な雰囲気なのだ」
「喧嘩? 止めなくて良いの?」
「あまり深刻なものでも無かったからな。 本人同士で解決するのが一番だと思ったのだよ」
「ふーん。 ってことは私、しばらくこの匂いの中にいなくちゃいけないってこと!?」
「ふむ、そうなるな」
「最っ悪…!!」
服に匂いがつく!と頭をかかえて言うと、今まで思案顔で居たセイロンが、ぽん、と何か思いついたかのように手を叩いた。
「」
「何、セイロ…」
呼びかけられて、答えようとした唇に、ぬれた感触。
目の前にドアップのセイロンの顔。
何が起こったかをが認識するのに、約数秒。
「なっ……何すんのよ馬鹿っ!!」
「匂いが気になるというので他のことで気を紛らわせてやろうと思ってな」
「んなっ…!?」
「ほら、匂いのことなど忘れておるだろう?」
得意げにセイロンが言って、は確かに、今まで気になっていた匂いのことなど頭からすっ飛んでいることに気付いた。
「そっ、そういう問題じゃないじゃん! っ私もう帰る、ばいばい!!」
真っ赤になった顔を隠すようにして下を向いて走り出そうとして、の腕ががしっと掴まれる。
恐る恐る振り向くと、ものすごい良い顔をしたセイロンが居て。
「我が逃がすとおもったか?」
「こっ……この馬鹿ぁぁ!!」
うわぁぁん、というの声が、干された魚たちの間に響き渡った。
K I S S
ケイ・アイ・エス・エス