※ぬるい裏
「主、主、主主主主」
長谷部はただ只管に、同じ単語を繰り返す。まるで壊れてしまっているかのように、何度も何度も呼びかけられ、私の頭まで可笑しくなってしまいそうだ。
いや、もしかしたら既に可笑しいのかもしれない。この異質な状況に身を置いているのだから。
私の首元に顔を埋める長谷部の荒い息が首にあたり、そのたびに小さく反応してしまう身体が恨めしい。
手袋をしていない長谷部の手が、私の膝を割り内腿に触れる。金属のように冷ややかな体温に足が強張った。
上に、下に、這い回り、撫で摩り、ほんの少しのくすぐったさとそれを上回る快感が全身に走る。
思う存分花を咲かせてようやく満足したのか、首から胸へと長谷部の顔が下りてきた。毎夜、花が枯れるその前に新たに増やされるせいで、私はいつまでたっても首元の開いた服を着れそうにない。
ちゅ、ちゅ、と絶えずリップ音を響かせ、そのたびに一つ、また一つと痕を刻まれているのかと思うと、彼以外の誰が見るわけでもないというのに恥ずかしさが湧きあがった。
そんなふうに、他事を考えていたからか。
「ひっ…!」
足に触れていない方の手が、私の襟元から侵入し胸の膨らみに触れた瞬間、私の口から悲鳴のような声が漏れた。
慌てて口を抑えたけれど、一度外へ出て行ったものを無かったことに出来るはずもない。
「主、もっと主の御声を聴かせては頂けませんか…?」
長谷部が熱に浮かされた目で私を見上げた。それに私は必死で首を振る。そして強く強く、自分の手を噛んだ。
声など上げてたまるものか。もし、こんなところを他のみんなに見られたら。想像しただけで、背中をぞわぞわとした感覚が駆け巡った。それが悪寒なのか、はたまた快感なのか、既に判別することは不可能だった。
嫌々をする私に長谷部が小さくため息を吐く。
「…ではせめて、こちらをお使い下さい」
差し出された長谷部の手が、私の口をこじ開けて、そっと手を引き抜かれる。
代わりに押し込まれたのは長谷部の指で、流石にさっきまでのように噛みつくわけにもいかず、結果として大人しく咥えているしかないのが憎たらしい。
くっきりとついてしまった歯形をなぞるように、長谷部が私の手を舐めあげた。
先ほどまで口に含んでいたために、私の唾液で濡れているそれを長谷部の舌が這うのを見せつけられ、頭にかあっと血が昇る。
それを見て、長谷部がはは、と小さく笑った。
「こんなことが恥ずかしいのですか…? 主は本当に初心なのですね…」
囁くように吐き出された息が素肌を擽る。ただそれだけのことが死にたくなるぐらいに気持ちいい。
掴まれたままの手を振りほどこうともがくけれど、当然のようにそれは叶うことはなく、なぜか逆に恋人同士のように指を絡ませあう結果になってしまった。
長谷部がまた、私の胸への愛撫を始める。
胸の頂きを吸われ、思わず指に力を込めると、それに応えるように長谷部もぎゅ、と握り返してきた。
強く強く、手を握り合う。もう片方は、私の咥内を思うままに蹂躙する。生温かな舌が、性感帯に絡み付く。
与えられる快感と幸福感に、ああもう駄目だ、と思った。
「はせべ、」
「…主命とあらば」
何も言っていない。ただ名を呼んだだけ。なのに長谷部はひと時も絶やさなかったその笑みを一層深くして、今まで触れることのなかった場所へ手を伸ばした。
これじゃあ私がそうしろと命令したみたいじゃないか。
心の中でそう毒づいてみるけれど事実そうなのだろう、彼はとても優秀な近侍だから、全てを口にしなくてもその真意を汲み取ってくれる。
下着が下ろされ、ぐちゃぐちゃになっている自覚があるその場所を暴かれるのは、いつになっても慣れることはない。
私はこれから始まる行為に耐えるように自らの視界を塞いだ。
長谷部は決して中に指を挿れることはない。それが許されないことを、長谷部自身が一番良く知っている。
その代わりとでもいうように、執拗なほどに一番敏感な突起を弄ってきて、否が応でも感じてしまう。
今まで刀であったはずの彼が一体どこでそんなことを覚えてきたのか。それともこれが本能とでも言うのだろうか。
「主…主…貴女が審神者でなければ、もっと早く貴女を満足させることが出来るというのに……。
それでも、貴女が審神者であったからこそ俺たちが出逢えたのですから、運命とは皮肉なものですね」
この関係を心底楽しんでいるくせに、そう嘯いて、「今、楽にして差し上げます」と長谷部は指の動きを一層早めた。
拠り所を失った手が泳いで、長谷部の服を掴む。
頭が真っ白になった。ぎゅうと瞑った眼の端から涙が零れるのが分かる。長谷部の身体が私から離れたのを感じて、ゆっくりと目を開いた。
潤んだ視界で、目の前の長谷部を見上げる。
「ああ、主…この長谷部、これからも誠心誠意主のために尽くすことを誓います。ですから、どんなときでも、俺を一番に頼ってください」
どろどろと糸を引く粘液で汚れた自分の指を、恍惚とした表情で眺める長谷部は、とても、とても愉しそうに見えた。
私達はいつもこれが終わりだと知っていた