ボフン、という音を立ててベットに飛び込んだ。
このままだと服にしわがついてしまうかもしれないけど、そんなのもうどうだっていい。
枕に埋めていた顔を少し上げて、ベッドサイドに置いた携帯を見る。
一通の新着メール。差出人はモクバ。件名は「ごめん」
それだけで全部の事情を察せる程度に、とモクバの付き合いは長い。

「今日のデートも中止か……」

自然と大きなため息が漏れた。
モクバは海馬コーポレーションの副社長で、たくさんの仕事を抱えている。
状況によっては、空いていたはずの時間にいきなり会議が入る事だってざらだ。
自身、それはちゃんと分かっているし、そんな中でもモクバが懸命に時間を作ろうとしていることも知っている。
それでも、それを理解して納得できていたとしても、平気なわけでは無い。
特に、今日はずっと前から楽しみにしていた久しぶりのデートで、
気合を入れてオシャレをしていた分、駄目になったというショックは大きくて、は携帯を睨みながら「モクバの馬鹿」と呟く。
張っていた気が抜けたのか、だんだんと重くなってくる瞼を閉じ、は眠気に身をゆだねた。


軽快な着信音が部屋に響いて、は眼を覚ました。

「……んー…」

ぼんやりとした頭のまま、相手を確認せずに電話にでる。
受話器の向こうから聞こえた「もしもし?」という声に一気に眠気が吹き飛んだ。

「モクバ!?」
「え、そうだけど。何でそんなに驚いてんだ?」
「だって、今日忙しかったんじゃ…」
「会議はもう終わったぜぃ!」

得意気なモクバの答えにこちらまで嬉しくなる。

「それで、どうしたの?」
「今すぐそっちに行くから、家の前で待っててくれ」
「今すぐって、」

どういうこと。と聞くまでも無く、家の外からエンジンのブレーキ音とドアが開く音が聞こえ、
部屋の窓から外を覗けば、携帯電話を手にしたモクバがリムジンから降りてくるところだった。

「ちょ、っと待って!」

そう言って電話を切ると、はしわくちゃになってしまった服をのばし、ぼさぼさになってしまった髪を手早く直す。
鏡で全身を見て、どこも可笑しくないことを確認すると急いで家を出た。
が出てきたことに気付いたモクバが、手を振っての元へと駆け寄る。

「ど、どうしたの!?」
「今日のこと謝りたくて、兄サマに頼んで少しだけ抜けさせてもらったんだ。
今日はオレも楽しみにしてたんだけど……」
「しょうがないよ、モクバは忙しいんだし。そりゃ、ちょっとは寂しかったけど…」

そこまで言って、は口をつぐむ。
あまりわがままを言っても、モクバを困らせるだけだ。
そのまま何も言えずに俯いてしまったの頭を、モクバがゆっくりと撫でた。

「モクバ…?」
にはいっつも我慢ばっかりさせてるから、今日ぐらいは我侭言っていいんだぜぃ?」

優しく微笑みながらそう言うモクバに、は少しだけ躊躇った後、
恥ずかしそうに目を伏せながら、ぽつりと呟いた。



「ぎゅって抱きしめて欲しいです」



の言葉に、モクバは一瞬だけきょとんとした顔をしたものの、すぐに笑顔に戻ると、
「それぐらい、何回だってやってやるぜぃ!」
と言って、を力強く抱きしめた。