「あっ、遊星ちょっと待って」
俺を呼び止めたの視線は、俺ではなく街中に設置された大きなモニターのほうを向いている。
に倣うようにそれを見上げると、最近良く見るようになった若手俳優のCMが流されていた。
「私ね、最近あの人すっごく好きなの。やっぱ格好良いよねぇ」
きらきらと目を輝かせながら、「遊星もそう思うよね?」と投げかけられた問いかけに「…そうだな」と返すと彼女は満足げに破顔する。
男の俺から見ても、まあ整っている顔立ちだろうというのは分かる…が、それを恋人である俺に聞くのはどうなんだろう。
しかも、目の前で他の男に対して好きだなんて言われて、正直あまり良い気分はしない。
ただ、が芸能人に対して『格好良い』『好き』と言うのは珍しいことではないから(クロウは「まぁあいつメンクイだもんなー」と言っていた)、仕方がないと半ば諦めていた。
思えば初めてジャックに会ったときも「えっ、本物のジャック・アトラス!?嘘信じられないかっこいい握手してもらっても良いですか!」と一息に言い切って随分と周囲を呆れさせていたものだ。
そんなことを考えている内にいつのまにかCMは終わっていたのか、がぐいと俺の腕を引っ張る。
「立ち止まってごめん、行こ遊星」
「ああ」
うきうきと上機嫌で俺の前を歩くとは対照的に、俺の気分は暗い。
好き、か……そういえば、俺は言われたことがあっただろうか。
他人に対して好きだと言っているのを聞くのは日常茶飯事だが、俺自身にその単語を向けられたことはあまり無いようにも思えた。
以前には何かの折りに触れて言われていた覚えがある、ただこうやって恋人という関係になってからは思い返せる範囲では一度も無い。
もやもやとした感情が胸の中に広がっていく。
考え事をしていたせいで歩く速度が落ちた俺に気づいたが振り返り、俺の顔を見た途端驚いたように目をぱちぱちと数回瞬かせた。
「えっ、もしかして機嫌悪いの?」
「いや、そんなことは無い」
「うっそだぁ!デュエルで苦戦してるときみたいな顔してるよ?」
俺の真似だろうか、ぐっと眉間にしわを寄せる。知らず知らずのうちに険しい顔をしてしまっていたようだ。
なんでもないとは言ってみたものの、このままだとは引いてはくれないだろう。
そのうち、なにがあったのかと問いかける声が次第に気遣わしげなものへと変化していく。
「まさか、具合悪いとかどっか痛いとか?それだったら無理せずにもう帰ったほうが…!」
「いやっ、違う!」
慌てて否定すれば、窺うような視線が返ってくる。
我ながら女々しい悩みだとは思っているし、に面倒くさい男だと思われてしまうかもしれない。
そんな不安がぐるぐると頭の中を巡るが、それでもを心配させてしまうのは俺の本意ではない。
緊張で震えるていることに気づかれないよう手をぐっと握り、俺は口を開いた。
「好き…なのか?」
「何が?」
突拍子もない質問だということは自覚していた。も首をかしげハテナマークを飛ばしている。
「あの、CMに出ていた彼のことが」
「うん。格好良いもん」
「…俺よりも、か?」
「えー…うーん……遊星とあの人は格好良いのベクトルが違うからなぁ…」
「いや、そうじゃない」
「へ?」
俺の意図とは全く別の方向に質問を受け取ったが難しい顔をして悩みだしたのを止めると、はぽかんとした顔をした。
これはもう率直に聞くしかないな、と腹を括る。
「だから、…俺よりも好きなのか?」
俺としては勇気を振り絞って口に出したつもりだったが、の反応はあっけらかんとしたもので。
「そりゃ格好良い人は好きだけど、私が愛してるのは遊星だよ?」
予想通りの返答と、予想外の返答が同時に俺の元へ戻ってくる。
「何当たり前のこと聞いてるの」とでも言いたげな表情のに、上手く言葉を返すことが出来ない。
「どうしたの、遊星。突然そんなこと聞くなんて、何かあったの?」
心配そうに俺の顔を覗き込む彼女へ、どうしたらこの嬉しさを伝えられるのだろう。
言葉で伝えることは口下手な自分にはどうにも出来そうに無くて、俺はその代わりに愛しい言葉をつむぐ唇にキスを落とした。
恋した人はたくさん
愛した人はあなただけ