「よし、今から出かけるから!」
夕飯も食べ終わり、なんとなくだらだらとしたムードになりかけたころ、が突然立ち上がってそう宣言した。
「…え?」
「え、じゃなくて。今から出かけるから、準備して」
「もう遅いのに?」
「遅いっていったってまだ9時にもなってないじゃない。子供じゃないんだから」
いきなりのことでぽかんとしていたナムがようやく口にした疑問もさらりと流し、は上機嫌で外に出る支度を始めている。
普段は辺りが暗くなってからの外出にあまり良い顔をしないのに、一体どうしたというのだろうか。
そんな疑問に満ちた表情の二人を置いていそいそと準備をしていたが、未だに動こうとしない二人に声をかけた。
「ほらー、早くしないと置いてくよー」
「いや、でも……どこに行くんだい?」
「公園だけど」
「何をしにいくんだぁ?」
「星を見に」
簡潔に言い放ったその言葉に、以外の疑問は更に深まる。
なんでわざわざ公園まで行って星を見なきゃいけないんだ、という空気が場に流れたのを感じたのか、は慌てて「いや、今日は特別なのよ?」と言葉を付け足した。
「何座だったっけ…んー……忘れちゃった。…とにかく、今日は流星群が見れるらしいの」
「りゅうしぇいぐん?」
「流れ星の大群のこと。で、折角だから広いところで見たいじゃない」
「それで、公園に?」
「そういうこと。さー、留守番したくなかったら出かける準備!外は寒いから暖かい格好しててよ!」
うきうきとした気分を隠しきれてないに急かされ、ナムが若干楽しそうに、マリクはめんどくさそうにしながらも腰を上げ、出かける準備を始めた。
街頭で照らされた公園は少し薄暗いものの、それなりに人がいるためにそれほど不気味ではない。
普段はそんなに賑わうことが無い場所だから、ここに居るのは皆目的が一緒なのだろう。
何人もの人が一様に頭上を見上げている姿はどこか滑稽だったが、その集団に混ざっている今ではそれを笑うことは出来なかった。
「結構人が集まってるんだね」
「テレビとかでも言ってたし、流れ星なんてそうそう見れるものじゃないからねー。
ナムもマリクも、流れ星見たことないんじゃない?」
「そう…だけど、どうしてそう思ったんだい?」
「そりゃ、女の勘よ」
きっぱりと即答して、は星を見るために上げていた顔を下ろさずに言った。
「だからね、私が見たかったっていうのもあるけど、私としては二人に流れ星を見せたかったというのもあったりする」
こんなに綺麗なものを知らないなんて勿体ないでしょ。と続けたの方を二人は驚いたように見た。
気まぐれか何かで言い出したかとでも思っていたのに、自分達のためだったとは。
二人分の視線を受けながら、全く気にする様子も無くじっと頭上を見ていたが突然口を開いた。
「あ、今流れた」
「「え」」
完全にの方を見ていたため、ナムもマリクもそれを見ることが出来なかった。
「余所見してると見逃しちゃうよー」
くすくすと笑いながら、は「まぁ、まだまだいっぱい流れるんだろうけどね」と続ける。
その言葉通り、5分ほど経ってまた一つきらりと光った星が尾を引いて流れていった。
それをじっと見ていたが、「そういえばさぁ」と口を開く。
「流れ星って消える前に3回願い事言うと叶うんだって」
「へー、そうなんだ」
「くだらねぇなぁ」
「またそういうこと言うんだから…」
わざわざ水を差すようなことを言ってくるマリクに呆れたような視線を投げかけつつ、は「それで、」と言いなおす。
「二人だったら何をお願いする?」
「そうだな…僕だったら……、」
うーん、と考えていたナムが突然顔を赤くして俯いた。
「ナム?どうしたの?」
「いや、なんでもないよ!ぼっ、ボクはやっぱり健康とかかな!」
まさか本人の前でと付き合いたいという願いを言うわけにもいかず、いかにもありがちな答えで場を濁すナム。
そんなこととは露知らず、はナムの願いが今時の若者らしくないことに驚きを覚えていた。
「えーっと、それじゃマリクは?」
「オレはコシャリが食いたいじぇ」
「それはやりたい事でしょ!」
「じゃあ肉」
「なんで食べたい物に拘るの!!」
わざとなのか天然なのか、微妙にずれた願いを言い出すマリクに抗議の声を上げていただったが、それを遮るようにナムが声をかけた。
「だったら何を願うんだい?」
「えー、私?」
ナムにそう聞かれ、は悪戯っぽく笑うと、「私はねー……秘密!」と答える。
の答えに不満の声をあげるナム。
「ボクらのは聞いたのにそれはずるいよ!」
「だって願い事は人に言うと叶わないっていうし?」
「え、そうなのかい!?」
「まぁ噂だけどね。念には念を入れとこうと思って」
初めてそんな噂を聞いたナムは、本当の願いを口にしていなくて良かった、心の中で安堵した。
「まぁ、別に良いじゃない人の願いなんてさ!」
「オレの記憶ではきしゃまが言い出した気がしゅるんだがねぇ…?」
「細かいことはどうでもいいのよ!」
都合の悪い部分はさらりと流し、は納得いかないという顔をしたマリクの頬をぶにっと指で押しつぶした。
いきなりの行動に反応できなかったマリクが慌てているのを見て、はけらけらと笑う。
「な、きしゃまなにを!?」
「あははー、ほら折角来たんだから星を見よう星を」
笑いながら再び見上げた夜空に、また一筋、白い線が描かれる。
その光が消えてしまう前に、は心の中で自分の願いを唱えた。
叶わないのはわかってる
(あなた達とずっと一緒に居たいだなんて)(無理なことだと知ってはいるけど、それでも)