イシズさんからの連絡を打ち明けたあの日以来、私は寂しさを紛らわそうと必要以上に明るく振舞うことを自分に義務付けた。
そんな態度が不自然なのは自分でも分かっているけれど、ナムもマリクも気づかないふりをしてくれる。
この中で一番年長なのに、年下に気を遣わせてしまっている自分が情けない。
それでも、家に帰ったときに挨拶を返す存在が居ない生活というのがもう考えられないのも事実だった。
一人暮らしにはもう慣れたはずだったのに、いつの間に駄目になってしまったんだろう。
そんなことを考えながらぼうっと買い物をしていたせいか、オムライスに必要な卵を忘れたことに気づいたのは家に帰ってからだった。

「あ!」
、どうしたの?」
「どうしよう卵買い忘れた」
「じゃあボクが買ってくるよ」
「え。いいの?」
「うん。いってくるね」

遠慮する間もなく、ナムは財布を持つと家を出て行ってしまった。
まあいってくれると自分から申し出たわけだし、ここは甘えておこう。
そう思って、リビングに腰を落ち着ける。
テレビ前にどっしり陣取って録画していた特撮物を見ていたマリクをひょいと抱え上げ、無理やり私の横に座らせた。

「なにしやがる」
「テレビを見るときは画面から離れましょう」
「ちっ、うるしぇえなぁ…」
「舌打ちしない。目が悪くなったら困るでしょ」

諭すように言うと、不承不承という感じではあるものの従ったマリクを撫でようと手を伸ばしたら全力で拒否されてしまった。…か、哀しい。
ずーんと落ち込む私をよそに、テレビでは正義のヒーローが悪をばったばったとなぎ倒し、いま正に大団円を迎えようとしていた。
今回のゲストキャラ(と思われる)家出少年が、わんわん泣きながら両親と抱き合っている。話の内容は分からないがとにかく今回のテーマは家族愛だったらしい。
そしてそんな画面を、マリクはつまらなさそうに眺めていた。

「面白くないの?」
「自分で家を出たのに結局帰るなんて、こいつはなにがしたいんだかオレには理解できないじぇ」
「だって、家族は一緒に暮らしたほうが良いに決まってるじゃない」
「しょんなもんかねぇ」
「そんなもんなのよ」
「…で、きしゃまはしょれで良いのか?」
「え」

ふいにマリクの声音が変わって、驚いてそちらを向くと、マリクはいつになく真剣な顔で私を見ていた。

「…何の話?」
「自分で分かってることをオレにきくんじゃねぇよ」
「……、相手が誰だって私の言うことは変わらないよ。特に貴方達は『家族』としていられるようになったばかりなんだから、一緒に居たいって思うのは尚更でしょ」

どちらかといえば私と居るこの状況の方が普通じゃないと思う。と続ければ、マリクはハンと鼻で笑った。

「普通、ねぇ」
「まぁ、普通っていうか一般論っていうか。イシズさんたちだってようやく弟と暮らせるようになったんのに、それを引き裂くのは人としてどうよって思うわけで」
「きしゃまの意志がしょこに含まれてなくてもか?」
「私の意志はこの場合重要じゃないでしょ。そもそもイシズさんの仕事が落ち着くまでっていう約束なんだし、それぐらいは最初から割り切ってるよ」
「しょういう割には、平気って態度じゃない気もしゅるけどな」
「大丈夫よ、笑って送り出す心の準備ははもう出来てるんだからね!」

嘘だ。その場では笑えても、居なくなればきっと泣くに決まってる。
それでも、年長者としてのプライドがそんな姿を見せるのは良しとしなかった。

「本当か?」
「本当! 全く、私だって子供じゃないんだし」

そうだ子供じゃない。我侭を言って周囲を困らせることは出来ないし、本心とあべこべな表情だって作ることは出来る。
じっと胡散臭げに私を見やるマリクになんだか心を見透かされているようで落ち着かない。
うろうろと視線を彷徨わせていたとき、私には天の助けにも近い声が玄関から聞こえてきた。

「ただいま」
「おかえりー、ナム」

その救世主の右手には、頼んでおいた卵の入ったスーパーの袋。
ナムからそれを受けとって、「ありがとう」とお礼を言えば「どういたしまして」と照れくさそうに応えてくれる。

「ボクが居ない間、を困らせたりしてないだろうな?」
「してねぇよ。主人格しゃまはいつになったらオレを信用しゅるのかねぇ」
「お前ボクに信用されるようなこと今までしたことないじゃないか」

顔を合わせれば何かしらの言い合いが始まるのはいつものことで、これも彼らなりのコミュニケーションなんだと思えば止めるような野暮なことはしない。
さっきまでのどこか重たい雰囲気が嘘のように一気に和んでしまった空間に、この日常を手放したくないと叫ぶ自分の本心を奥へ奥へと押し込めて、私は笑った。