私達から全ての事情を聞いた後、イシズさんは「そうですか、分かりました」としか言わなかった。
あまりにも淡白なその反応に拍子抜けしてしまう。
「あ、あの、イシズさん」
「? どうしたんですか、」
「えっと、その、怒らないんですか?」
「怒る?」
「イシズさんだってナムとかマリクと一緒に暮らしたいはずなのに、私が我侭言っちゃって…」
「うすうす、こうなるような気はしていたのです」
「え?」
ぽかんとする私を見て、イシズさんは口元に手をあて上品に笑った。
「時々連絡を取っていたけれど、貴女と一緒に生活しているときのマリク達は本当に楽しそうでしたから」
そういわれて、そういえば時折イシズさんから様子見の電話があって、それをナムやマリクに取り次いでいたことを思い出す。
ナムは本当に嬉しそうに、そしてマリクも面倒そうではあっても拒否することは無かった。
それをみて、私はやっぱり家族だからなぁなんて考えていたのだけれど。
「少し寂しいことですが、きっと私達と共に居るよりも貴女と居るほうが今の二人にとっては良い体験となるでしょう」
「でも、イシズさんはそれで良いんですか?」
「今までマリクは重い使命を背負って生きてきました。だからこそ、これからは思うようにさせてあげたい。それが私の、マリクの姉としての願いです」
そういうと、イシズさんは私に向かって深々と頭を下げた。
「、これからもマリクを頼みます」
「イシズさん…、ありがとうございます」
それに応えるように、この溢れるほどの感謝の気持ちをこめて、私も負けないほどに頭を下げる。
長いお辞儀が終わって、顔をあげたイシズさんはふっと表情を和らげ呟いた。
「きっと二人が帰ってくるのは、家族がもう一人増えたときになるのでしょうね」
「へ?」
「ちょっと姉さん!何言ってるの」
「頑張ってくださいね、マリク」
ふふ、と笑うイシズさんとは対照的にナムはひどく慌てていて、そんな姿をマリクがにやにやと眺めている。
「主人格しゃまがこの調子じゃあ実現ししょうに無いとオレは思うがねぇ」
「お前は黙ってろって!」
「マリク、のんびりしていると弟に先を越されてしまうかもしれませんよ?」
「だから!そういう話じゃなくて…っていうかボクがそれは絶対認めないから!」
何時の間にやら三人で盛り上がるイシュタール家の面々に私は一人取り残された形になってしまう。
「え、なになに何の話してるの?話が見えないんだけど」
「なんでもないって!とにかく、姉さんも良いって言ってるんだし、帰ろう!」
何故か真っ赤な顔のナムにぐい、と手を引かれる。
そういえば前にも手を繋いで帰ろうとしたことがあったっけ。その時とは立ち位置は逆だけれど。
そんなに昔のことでもないはずの出来事を懐かしく思いだしながら、もう片方の手をマリクに差し出した。
すぐに握り返されることは無いけれど、それでも辛抱強く差し出し続ければ、小さな舌打ちと共に軽く握られる。
「ナムもこう言っていますし、そろそろ帰りますね」
「ええ、お元気で。連絡をくださいね」
「はい、勿論です!」
元気に返事をして、ゆるやかに振られる手に応えるように小さくお辞儀をする。
夕日で照らされ、仲良く並んだ三つの影はまるで本当の家族のようだった。
いっしょにかえろう
(帰る場所はここ)