そわそわと時計を見ては、ため息を吐くという行動を繰り返す。
暇つぶしのために点けていたテレビの内容は頭に全く入っていなかった。
もうすぐ日付が変わろうとしている。普段ならこの時間になるとに急かされ床に就いていることが殆どだが、今日はが出掛けていて、ナムはその帰りを待っているのだった。
別に遅くまで起きていることは難しくも辛くもない、ただ、未だに帰ってこないのことが気がかりだ。

「遅くなるから寝てていいよとは言われたけど…お酒飲んでくるって言ってたし心配だな…」

大きすぎる独り言を呟いて、また時計に目をやる。遅々として進まない針にイラつきすら覚え始めたとき、がちゃりと鍵穴に鍵を差し込む音が玄関から聞こえた。

「ただいまー」

続いてそんな陽気な声が聞こえて慌てて立ち上がり様子を見に行くと、とたんにアルコールの臭いが鼻をつく。
座り込んでブーツを脱いでいたがナムに気づいて振り返った。その顔は赤い。

「おかえり、。……なんか、すごく酔ってるね」
「んー、べつによってないよー?」

呂律が回っていない、全く説得力のない口調でそう言って、は立ち上がる。
ふらふらと覚束ない足取りで歩きだしたのを、みかねてナムが肩を貸した。

「もしかして、これで帰ってきたのかい?連絡してくれたら迎えに行ったのに」
「そんなことしなくてもだいじょーぶだよー、マンションまではともだちにおくってもらったし」
「その友達って男?」

ほとんど無意識のうちに口にしてしまった台詞に、ナム自身が驚いた。

「なんで?」
「あっ…いや、ごめん今のは無かったことにして」

どうしたんだろう、という表情で首をかしげているをリビングのソファーに座らせて、「水、持ってくるよ」とその場を離れる。
余計な口を滑らせてしまった自分に落ち込みながら、コップに水を注ぐ。あれじゃあまるで自分が嫉妬してるみたいじゃないかと考えて、まさしくその通りだったことに気づいて更に落ち込んでしまう。
独占欲が強い自分の姿をに悟られたくなくて、酔いのせいで判断力が落ちていることを期待しながら、の元へ戻った。

「はい、これ」
「ありがとう」

ナムから受け取った水を美味しそうに飲み干してから、はゆっくりとナムのほうへ向き直る。
その目に顔に悪戯な笑みが浮かんでいることに気づいて、ナムは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「ナムー、ちょっとあっちむいてここすわって」
「えっ、なんで?」
「いいからはやくー」

悪い予感を感じながらも誘われるままに背中を向ける形で、ソファーの近くの床に腰を下ろす。

「いまのってさぁ、もしかしなくてもしっとしてた?」
「ちがっ…そうじゃなくて!」
「ごまかさなくてもいいのにー、かわいいなぁもう」

背中にずしりとした重みとアルコールの気配を感じて、慌てて振り返ると緩い笑みを浮かべたがナムにのしかかっていた。

「ちょ、!?」

意外に近い場所にあった顔に驚いて、ナムはすぐさま前を向きなおす。
をおぶさるような形になってしまったため、下手に動けなくなってしまったことに内心でひどく焦った。
そんなナムの様子を気にすることなく、はまるで子供をあやすかのようにナムの頭を撫でながら口を開く。

「ほんっと、ナムってあれだよね。わたしのことだいすきだよねー」
「なっ…!?」
「でもわたしもナムのことだいすきだからおたがいさまかもー」

突然の告白に、ナムの心拍数は一気に跳ね上がった。
の言っている『好き』は親愛の意味なんだから、と自分に言い聞かせ、どうにか心を落ち着かせる。
好きなんていわれて、喜んでいる場合ではない。お酒を飲んでいるとはいえこれではあまりにも無防備すぎる。
これは一度叱っておかなければと、ナムは努めて冷静な声音を作り、に話かけた。

。あのさ、ボクだって一応…にとっては子供みたいに見えるかもしれないけど、男なんだよ?
いくら酔っ払ってるからって男相手にこんな風にべたべたしたり、そんな思わせぶりなことを言っちゃ駄目じゃないか。
不用意にこういうことすると勘違いするヤツだって出てくるし、そしたら困るのはなんだから…って聞いてる?」

全く帰ってこない反応に一度言葉を切ると、耳に届いたのは規則正しい呼吸音。
まさかとは思ったものの、恐る恐る様子を窺ってみれば、はナムに体重を預けたまま安らかな寝息を立てていた。

「はぁ…まったく」

今まさにこんな警戒心の無さを注意しようと思っていたのに、あまりにも幸せそうな寝顔を見せられて一気に毒気を抜かれてしまう。
起こしてしまうのはなんだか申し訳ない気がして、ナムは慎重にの身体をソファーに横たえた。風邪を引かないように、部屋から毛布を取ってきて上にかける。

「気を許してるってことなんだろうけど、これはこれでちょっと複雑…かな」

苦笑まじりのその言葉に応えるかのように、寝ているが身じろぎをした。
少しずれてしまった毛布を直し、どこか微笑んでいるようにも見えるその顔に「おやすみ、」と声をかける。
そして、ナム自身も眠るためにリビングをそっと後にした。