先ほどから、ちらちらと視線を感じる。
首をかしげて振り返れば、こちらを見ていたであろうナムとマリクは同時に眼をそらし、二人で他愛も無い会話をし始める。
けれども私が前を向くと、少しの間をおいて二人の会話が止まり、また背中に視線が集中する。
そんな一連の流れを3回ほど繰り返したところで、私は思い切って二人に声をかけた。

「なんか今日変じゃない?」
「きっ、気のせいだよ!」

朝からどこか挙動不審な二人にそう尋ねると、ナムは過剰なぐらいに驚いてどもりながら否定の返事をしてきた。
その行動からして否定になっていないじゃないか、と思いながらも特に追求はしない。
マリクもマリクで、どこか動きがぎくしゃくとしているし、
それより何より、もう昼も過ぎたというのに二人は今日一度も喧嘩をしていない。(毎日毎日飽きるぐらい喧嘩してるのに!)

「何かあった?」
「…別になにもないじぇ」
「うん。こいつの言うとおり、ほんとに何も無いから!」
「……そう」

明らかに様子の可笑しい二人に何かあったのと尋ねてみても返ってくるのは否定の言葉。
きっと二人にも何か思うところがあるんだろうなぁ。
と自分自身を納得させながらも、自分にだけ隠し事をされているような疎外感はぬぐえない。
どこかもやもやとした気持ちを抱え、洗濯物を干し終えると、それを待っていたかの様にナムが「あ!」と声をあげた。

、ボクらの部屋の電気が切れちゃったんだ」
「え?そうなの?」
「うん」
「じゃあ、買ってこないと。一緒に来る?」

そう聞くと、いつもなら笑顔で頷くはずのナムはどこか困ったような顔で首を振った。

「い、いや、ボクはちょっと遠慮するよ」
「…マリクは?」
「オレは面倒なことが嫌いでねぇ。一人で行くんだな」
「……う、ん。じゃあ行ってくるけど、掃除は任せたからね。あ、あと、知らない人が来たら居留守してよ。えっと、あとは…」
「いいから、きしゃまはしゃっしゃと出かけなぁ」
「ちゃんと分かってるから、大丈夫だよ」
「そ、うだよね。うん。…じゃ、行って来ます」

二人に見送られ、バタンと玄関のドアが閉じる。
家を追い出されたような気分を味わいながら、近くの百貨店に向う私の足取りは重かった。



マンションの階段を一段一段踏みしめながら上がる。
手に提げた袋の中には、電球と夕飯の材料。そして、普段は買ったりしない、ちょっと高めの店で買ったプリンが3人分。
今日の二人がどこかおかしかったのは、もしかしたら私が気付かないうちに二人に何かしてしまったのかもしれない。
機嫌を取る、といってしまえば身も蓋も無いけれど、とにかく甘いもので釣ってみようという作戦だ。
それでもやはり気分は重く、一歩進むごとに荷物の重さが増えていくのではないかと錯覚する。
深く息をついて、憂鬱な気分を吐き出してから、ガチャリと玄関を開けた。

「ただいまー…、………?」

返事が無い。
夕方だというのに電気をつけていないのか、家の中はどこか薄暗かった。
得体の知れない不安に襲われ、急いでリビングへと続く扉を開け――パァン、という軽い破裂音に驚いて、硬く眼を瞑る。
恐る恐る開いた視界に一番最初にうつったのは、満面の笑みでクラッカーを持っているナム。

「……?」

事態を把握できていない私にナムが「誕生日おめでとう!」と声をかけた。

「……たん、じょう…び?」
「うん、今日だっただろう? いつもにはお世話になってるから、お礼したいと思ったんだ」
「オレは別にどうでもいいんだが、主人格しゃまが乗り気でねぇ」
「嘘吐くな、お前だって楽しそうだっただろ!」
「ふん」

いつもの様に言い争う二人を見て、身体中から力が抜ける。
へなへなとその場に座り込んでしまった私に、ナムが慌てて駆け寄った。マリクも驚いたように眼を見開いている。
ぼろぼろと涙を流し始めてしまった私に、さらに混乱したらしい二人は小声でこそこそと喧嘩を始めた。

「お、お前何かしたのか?」
「どこにしょんな暇があったんだ」
「いや…。で、でもが泣いてるってことは何かあったってことだろ」
「しょれを言うなら主人格しゃまの方が何かしちまったんじゃねぇのか」
「そんな、ボクが……、…心当たりが無いし……」
「心当たりがなくてもなにかしたってこともありえるじぇ」
「…まだボクが原因って決まったわけじゃないだろ!」

そんな二人のやり取りが可笑しくて、ついつい噴出してしまった私に、ナムが「…だ、大丈夫かい?」と聞いてくる。

「うん、大丈夫」
「でも泣いてるじゃないか。何かあったんならボクらに言ってくれれば…」
「違う、哀しくて泣いてるんじゃないの。…すごく嬉しくて、涙が出てきただけだから」

そう言って「二人ともありがとう」と続ければ、
ナムは素直に顔を綻ばせ、マリクは照れくさそうに顔を逸らした。







          (一緒に食べたプリンがすごく美味しかったのは決して値段が高かったからだけじゃない)