カリカリと、リビングにシャープペンシルを走らせる音が響く。
夕食前のちょっとした空白時間。
家族それぞれが、思い思いのことをして居る中、は一人黙々と勉強をしていた。

「かははっ、何、勉強してんの?」
「ん。宿題終わらなくて」
「学生は大変だなー」
「むー…」

最早自分には関係のないことだからか。人識は他人事のように(実際他人事だ)言った。
は恨めしそうな顔で、人識を見る。
丁度そのとき、台所から双識の「ご飯だよー」という声が聞こえ、はテーブルを大分占領していた自分の勉強道具を片付けた。
ほどなくして、双識が両手にカレーの皿を持ってやってくる。

「今日はちゃんのリクエストでカレーだよ」
「げっ……、お前兄貴が当番のときにカレーなんかリクエストすんなよ」
「だって私双兄のカレー好きだもん」
はちょっと味覚がおかしいっちゃ…」
「軋兄までそーゆーことを言う……もー、双兄、なんとか言ってよー」
「ほら、人識もアスも、ちゃんをあんまり苛めない」

そんなことを話しながら、四角いテーブルを囲むように4人で座る。

「そういえば、ちゃん。そろそろテストじゃないのかい?」
「あー嫌な事を思い出させてー…ちょーっと微妙なんだよねー…
ね、軋兄は数学とか出来る人?」
「内容にもよるっちゃね」
「んー…じゃあいいや。学校で山田君に聞こ」

今までにこにこと話を聞いていた双識の顔が、『山田君』という単語を聞いただけで、一気に不機嫌なものとなった。

「山田君って、誰だい?」
「学年一成績のイイ男子。けっこー優しくて、勉強とか教えてくれるの」

「ふーん……ところで、ちゃん」
「どしたの?双兄」
「どうして、アスには聞いたのに、私や人識には聞かないのかな?」

自分で聞いたくせに、山田君についてはどうでもよさそうに、双識はにきいた。

「へ?」

質問の意図が分からずに、はまぬけな声をあげた。
少し考えて、数学のことだと気付く。
は普段はまぁまぁ尊敬しているし、敬愛に値するだろうなとは思っている兄なのだが、
ときおり発するこういう意味不明な発言には首を傾げるしかない。
本人の瞳はいたって真剣なのだからなおさらだ

「だって…人兄は中卒だから、高校の勉強はわかんないし」

ちらり、とが人識に眼をやると、半分死にかけながら、カレーを食べている姿が眼に入った。
自分の目の前にあるカレーの存在を消滅させることに精いっぱいでこちらの会話は全く聞いてないらしい。

「それに双兄……」

は其処まで言って、遠慮するかのように口を閉じかける。
その後、上目遣いで、おずおずと言う風に言葉を続けた。


「……分数の割り算……出来ないから…」


20人目の地獄。自殺志願 ( マインドレンデル ) 。零崎一族の長男にして斬り込み隊長である零崎双識。
彼がの中のテスト前に頼りになる人で、同じクラスで成績優秀で優しい山田君を抜くには、
とりあえず分数の割り算から勉強していく必要があるようだ。




なによりも残酷な現実

たいしたことない後日談