「舞織ちゃん、ただいま帰りましたー」

夜の八時も過ぎた頃、玄関のドアが開く音と共に舞織が家に帰って来た。

「舞織ちゃん、お帰り」
「おかえり、っちゃ」

今で夕刊を広げていた双識と、その横でテレビを見ていた軋識が舞織にそう返す。
普段ならば、帰宅部の舞織がこんな時間に帰って来たとなると大騒ぎになる(主に双識が一人で騒いでいるだけなのだけれども)のだが、
今日は前々から遅くなると分かっていたので特にそんなことは無かった。

「あ、舞姉、お帰りなさい」

舞織が帰って来たことに気がついたが2階から降りてきた。

ちゃん、ただいまですよ。……ってあれ?人識君は?」
「人兄?さっき部屋覗いてきたら寝てた」
「むぅ、折角人識君にもお土産買ってきたのに…。ま、明日渡せばいいですね。
はい、ちゃん。舞織ちゃんお手製のクッキーの詰め合わせ、お土産ですよー」

肩から提げていたカバンの中から、可愛くラッピングされたクッキーを取り出してに渡す。

「舞姉、ありがと! それで、文化祭は楽しかった?」
「んー…なかなかって感じですかね? 欲をいうならもうちょと自由時間が欲しかったですね」
「何かあったのかい?」
「それがですね、私、半日以上もクラスの展示に張り付いてなきゃいけなかったんですよ!
もー、勘弁して欲しいですよね! おかげで見たかった展示、回りきれませんでしたよう」

口を尖らして不満を言う舞織を、双識が「まぁまぁ」となだめる。
その横で、がお茶を入れながら、

「でも、楽しそうでいいなぁ」

と、呟いた。

ちゃんは、文化祭来週でしたっけ?」
「そーなの。だから今日も準備のせいで舞姉の文化祭行けなかったし…」
「文化祭は季節モノだから重なるのは仕方ないっちゃ」
「それは分かってるけどさぁー…」

舞織の文化祭にいけなかったのがよほど不満だったのか、は口を膨らます。
不機嫌な妹二人に双識は困ったように苦笑した。

ちゃんも舞織ちゃんも落ち着いて、もう過ぎたことを悔やんでも何にもならないからね。そんなことはやめた方がいい。
そういえばちゃん、招待状はまだ貰ってないのかい?」
「あ、何枚いるか考えてなくてまだ貰ってない」
「何枚って…誰か誘うっちゃか?」

軋識の言葉に、はこくりと頷いて指折り数え始めた。

「まず、一枚で二人行けるから…ウチに2枚でしょ。んでもって萌太君と崩子ちゃん、姫ちゃんといーさんで、2枚。
出夢君と理澄ちゃんで、1枚。最後に潤さんに1枚だから…6枚かな、全部で」

なかなかそうそうたるメンバーの名前を次々に挙げていく
その中には一部一般人とは程遠い人間も混じっている(というか大半がそれっぽい)気もしないでもないのだが、
そのことについてあまり指摘すると良くないことが起こるという変な直感が働いたので双識も軋識も敢えて何も言わなかった。
因みに何も知らない舞織は「わー、ちゃん知り合い多いんですね」などと言っている。

「あれ、そういえばちゃんは何するんですか?」
「私のクラスは喫茶店」
「またベタっちゃね」
「んー…まぁ、その…メイド喫茶なんだけど」

一瞬の沈黙の後。

「「「はぁっ!?」」」

リビングに居た全員の声が重なった。

「メ、メイド喫茶、っちゃか?」
「うん」

ゲホゲホと咽ながらの軋識の質問に、は少し赤面しながらも頷いた。

「って事は、ちゃんメイド服着るんですか?」
「……うん」
「これはもう絶対人識君を連れて行かなきゃいけませんね! ちゃんはメイド服すっごく似合いそうです!!」

キラキラと瞳を輝かせている舞織の横で、珍しく双識が無言でいる。が、しかし俯いて、その肩はぷるぷると震えていた。

「あれ。双識兄さんどうしたんですか?」

そんな双識の様子に気がついた舞織が声をかけた。
それがきっかけとなったのか、双識はがばぁっ、と顔を上げるとものすごいスピードでの肩をつかんだ。

「メ、メイド喫茶なんて、メイド服のちゃんなんてそんな想像するだけで可愛らし……じゃなくて、お兄ちゃんは絶対に許しません!」
「…いま可愛らしいって言いそうになりましたね」
「というか今更そんなこと言われても…」
「メイド服を着たちゃんがどこの馬の骨とも分からないような奴らの目に触れるだなんてそんなこと!! もし何かあったら大変じゃないか!!」
「だから、変なヤツが入ってこないように招待制なんじゃないんですか?」

冷静な舞織のツッコミに、双識はやや落ち着きを取り戻す。
それでもまだブツブツ言っていたが、突然なにやら思いついたのかの肩を再度つかんだ。

ちゃん、招待状はウチの分だけにしなさい」
「え!? だってもうあげるって約束…」
「駄目です」
「皆大切な人で…」
「駄目です」
「だって…」
「だってじゃありません」
「でも…」
「 でもも駄目です」

なおも言い募るとそれを却下し続ける双識。
その隣では、舞織がお茶を飲みながら「平和ですねー」と軋識に話しかけていた。



A certain peaceful day