「軋兄、おかえりぃー」

随分久しぶりに『零崎』へと帰ってきた軋識を出迎えたのは、妹の、妙に間延びした声だけだった。

「ただいまっちゃ……だけっちゃか?」
「んー…。双兄はお仕事で出動中、人兄はいつものよーに放浪中、舞姉は遊びにお出かけ中だよー」
「で、は何をしてるんだっちゃ?」
「…こたつでぬくぬくー」

の間延びした、幸せそうな声に、軋識は脱力しそうになった。
『冬といえばこたつで家族団らんだね!!』という双識の一言で、リビングに置かれることになったこたつ。
は身体全体をその中にいれ、頭だけ出す状態でこたつの中に寝転んでいた。
見ためは亀のようで、なんとも微笑ましい状態ではある。

「軋兄、柑橘系な物買ってきてくれた?」
「あ、あぁ、ちゃんと買って来たっちゃよ。蜜柑無かったから伊予柑だけど良いっちゃ?」
「柑橘系なら何でも問題なし」

軋識が家に帰ると連絡を入れたときに、から返ってきた『帰るならついでに柑橘系のフルーツ買って来て』という返事。
そのときは意味が分からなかったものの、今になって軋識はようやくその意味を理解した。
こたつ=柑橘類という図式がの中で出来上がっているらしい。
まぁ、その気持ちは分からなくも無いが。

「…
「はぁい?」
「寝て食べたら駄目っちゃよ」
「…はーい」

こたつに寝転んだままで伊予柑を受け取ったに、軋識は忠告をする。
は一瞬だけ残念そうな顔をしたものの、素直に返事をしてもぞもぞとこたつ布団から這い出し、こたつに座りなおした。
――舞織はそうでもないが、人識に足りないのはこんな素直な所だな。
よく兄妹は似るというが、長年兄弟をしていてもあまり似ていないこの二人を見て軋識はしみじみとそう思う。
…こたつで伊予柑を手に温まる殺人鬼というシュールな光景に現実逃避しかけていた軋識を、
の困ったような声が現実へと呼び戻した。

「…軋兄」
「ど、どうしたっちゃ?
「……伊予柑の皮が厚くてむけない」
「は?」

思わず聞き返した軋識に、はもう一度「伊予柑の皮が厚くてむけない」と繰り返した。
見ればの爪は短く(深爪じゃないのかというほどに)切られていて、
なるほど、蜜柑の薄い皮ならまだしも伊予柑の皮はむけないだろうと軋識は思う。

「…」
「……」
「………」

沈黙が続く。
悔しそうな目で伊予柑を見つめ続ける
時折皮をむこうと伊予柑に爪を立ててみるものの、無きに等しいその爪ではどうやってもむけそうにない。
の機嫌が一気に下降していくのを感じ取った軋識は、ため息を吐きながらの向かいへと座った。

「ほら」
「…?」
「皮、むいてやるから貸すっちゃ」
「…ありがとっ!!」
「現金な奴っちゃね…」

軋識の言葉に笑顔で伊予柑を差し出すにもう一度ため息を吐いて軋識は伊予柑の皮をむき始める。
とは違い、簡単にむき終えた軋識は、それをに手渡す。
美味しそうに伊予柑を食べるを軋識はぼんやりと見つめていた。
と、軋識の目の前に伊予柑が差し出される。

「軋兄、伊予柑美味しいよ?」
「……」

有無を言わせぬ笑顔(受け取らないと容赦しないという本心が見え隠れしている)でから差し出された伊予柑を受け取って、軋識はそれを口に入れた。
伊予柑特有の甘酸っぱい味が口じゅうに広がる。

「…美味しい、っちゃね」
「でしょでしょ? はぁ…こたつで温まりながら伊予柑を食べる……幸せだなぁ」
「まぁ、たまにはこんなのも良いっちゃね」
「そんなこといわずに今はこの幸せを充分にかみ締めようよ、軋兄。ということで、伊予柑もう一個むいて?」
「しょうがないっちゃね」

――レンじゃないっちゃけど、妹もたまには良いものだっちゃね。
スーパーの袋から取り出した伊予柑の皮をむきながら、軋識はそう小さくひとりごちたのだった。



Oranges and Lemons


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