舞織が学校から帰ってくると、家の中の雰囲気がいつもより妙にどんよりとしていた。
何故だか負のオーラが家中に巻き散らかされているような、なんとも居心地の悪い状態である。
そして、家をそんな状態にしている負のオーラの出所は、いつも必要以上にテンションの高い長兄だった。
居間の隅に体育座りで座り込みぶつぶつと呟いている様子はまさにホラーで、
舞織は気味の悪さを覚えながら、呆れたようにお茶を飲んでいる軋識に話しかけた。
「なんか双識兄さんの様子、可笑しくありませんか…? 何かあったんですか?」
「……と喧嘩したらしいっちゃ」
「へぇ、ちゃんと喧嘩したんですか………って、」
面倒臭そうに答えた軋識に、舞織は一瞬納得しかけたが、すぐに驚愕の声を上げた。
「えええぇぇ!? ちゃんと、ですかっ!?」
「う…うるさいっちゃ……」
「あ、ごめんなさい。 …それにしても、ちゃんと双識兄さんが喧嘩なんて…ちょっと…信じられないですよね」
「俺もよく知らないっちゃけど、双識が言うにはそうらしいっちゃ」
二人とも怪訝そうな目で、双識の哀愁ただよう後姿をみやった。
二人の知っている零崎は怒る回数自体少なく、家族相手には一度すら声を荒げたことも悪態を吐くこともない、そんな人間であり、
双識相手に喧嘩をするという事自体が想像すらも出来ないことだった。
それなのに、双識は一体何をしてを怒らせたのだろうか…。
舞織にはそれが全く推測できない。(因みに、が双識を怒らせたという選択肢は最初から存在しない)
そうやって数分間そんなことを考えていたのだが、そのままでは埒が明かないと悟ったのか、
舞織は自体の進展のためにおずおずと双識に話しかけた。
「…あの、双識兄さん…?」
「……もうこの世の終わりだ…………まさかちゃんに嫌われるだなんて……」
「えーと…双識、兄さん」
「私はもう兄失格だ……うぅ…ちゃん………こんな不甲斐ない兄をゆるしておくれ……………」
「……」
「舞織、何を言っても無駄っちゃよ。2・3時間前からそんな感じっちゃ」
情けない兄の様子に舞織は思わず絶句する。
その様子を冷静に見ていた軋識は舞織にためにならない助言をした。
双識から話を聞くのは無理だと判断した舞織は、はぁ、とため息を吐いてに話を聞くべく2階へと足を向けた。
「へ…?」
舞織が、2階で勉強していたに事情を聞こうとしたところ、返ってきたのは間の抜けたの答えだった。
「だから、私、双兄と喧嘩なんかしてないよ」
「え、でも、双識兄さんはちゃんと喧嘩したー…って落ち込んでますよ?」
「…喧嘩なんかした覚えないんだけどなぁ……」
は小首を傾げて考えているが、小首を傾げたいのはどちらかといえば舞織のほうである。
少しして、何か思いついたのか、が「あ」と声を上げた。
「そういえば、宿題始める前に双兄があれこれ話しかけてきて、ちょっと邪魔しないでとは言ったけど…」
「そ、それですよ!! それを双識兄さんが嫌われたって勘違いしたんですよ!!」
「まさかって言いたいんだけど……双兄ならありえるってところがなぁ…」
「…と、とにかく!! 家の空気をどうにかしたいので、ちゃん、よろしく頼みます!!」
「…はーい」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、と舞織は双識(と軋識)の待つ居間へと向かった。
居間ではまだ、双識が負のオーラを量産している。
軋識はもうどうでもいいかのようにパソコンをしていた。
「…双兄?」
双識の背中に向かってが話しかけると、双識の身体がビクっと跳ね上がり、その顔が恐る恐るといったようにコチラを向いた。
「ちゃん…」
「あのね、双兄。私、怒ってなんかないよ?」
「で、でも……邪魔だって…」
「それは宿題しようとした時に双兄が話しかけてきたからで……別に双兄のこと怒ったわけじゃないし。嫌いになったわけでもないよ」
「そ、そうなのかい?」
「うん。そうだよ。 ……だって、私の自慢のお兄ちゃんだし、嫌いになるわけ…」
ない。と言おうとしたの言葉は、途中で止まってしまった。
双識がぼろぼろと感涙を流していたからだ。
「ちゃん…君は……なんて良い子なんだ!! さすが私の自慢の妹だ!!」
「そ、双兄…」
一気にテンションがMAXへと上がった双識はマシンガンのようにへと語りかける。
「ちゃんの邪魔をしてしまった私を簡単に許してくれるその慈悲深さ! 人識君にも見習わせたいものだ」
「そ、そう…?」
「私はちゃんの様な妹を持ったことを誇りに思うよ! ああ、勿論舞織ちゃんのことも誇りに思っているよ!!」
呆然としたに賛辞の声を浴びせる双識。傍で見ていた舞織へのフォローも忘れない。
「ああ! 我が誇りの妹達よ!! 私は君たちのような妹を持って本当によかったよ!!」
感情のままに叫び続ける双識と、その姿に困惑する妹たち。
そんな様子を遠くから見守っていた軋識が一言「…騒がしいっちゃ…」と呟いたが、その言葉は誰の耳にも届くことは無かった。
傍迷惑な至上主義
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