「きっ、しっ、しっ、きっ、さーん!!」
「っ!?」
名前を呼んでダイブすれば、抱きつこうとした背中に緊張が走った。
次の瞬間、ガギンという耳障りな金属音と共に、の身体が後方へ軽く吹っ飛ぶ。
崩れた体勢を整えて着地をすると、すでに目の前には軋識がいて、頭に拳骨をおとされた。
大分手加減はしているだろうが、それでもあまりの痛さに目からは自然と涙が出てくる。
それを指でぬぐってから、は口を尖らせ抗議した。
「いった……何するんですか軋識さん!」
「それはこっちのセリフっちゃ!」
言いながら、軋識はシームレスバイアスを鞄の中に戻す。
ハデな金属音を響かせた割に傷一つはいってないそれを恨めしそうに見て、も完全に刃こぼれしてしまったナイフをしまった。
「おめーはどうして毎回毎回ナイフを向けてくるんっちゃ。俺に恨みでもあるっちゃか?」
「違いますよ。家族に対して恨みなんてとてもとても、あるわけ無いじゃないですかっ」
「じゃ、なんでなんっちゃ?」
「それは勿論私が軋識さんのことを好きだからです。因みにライクではなくラブですから!」
「色々聞き捨てなら無いセリフが聞こえたきがするっちゃけど、仮にも好きな相手にナイフをむけるなっちゃ!」
「これは愛情の裏返しです。好きな子ほど苛めちゃうとか多分そんな感じです。えへへ、小学生かってかんじですね」
満面の笑みのにたいし、軋識の表情はそれはそれは苦々しいものへとかわっていく。
零崎に成ったばかりのころは常識的と言っても差支えがなかったというのに、
人とはたった数年でここまで変わってしまうものなのか。
変人長兄の影響をもろにうけて成長してしまった妹を居た堪れない目で見て、軋識は数年前の己の選択をひどく呪った。
「やっぱり、おめーをレンに預けたのは失敗だったっちゃね…」
「え、なんでですか? お兄ちゃんはすっごく優しいし、色々教えてくれるし、いい人ですよ?」
完全に長兄を尊敬しているであろうに、それがよろしくないとは言えない。
しかし、一応は家族であるがこれ以上あの変態の影響を受け続けるのもどうかと思う。
前回の襲撃時に一度それとなく一人暮らしを勧めたのだが一笑にふされてしまったので、再度は勧めづらい。
どうしたものか、と軋識が思案していると、ふいにが声をあげた。
「あ、そうだ軋識さん」
「ん? どうしたっちゃ?」
「この前お話した一人暮らしの件なんですけど」
の口から発せられた予想外の言葉に軋識は驚く。
「あははっ、一人暮らしなんてありえませんって」とまで言っていたのに、自分から言い出すとはどんな風の吹き回しだ。
今から話そうと思っていた内容ではあるものの、あまりのタイミングのよさに悪寒が軋識の背中を駆け巡った。
「私も、もうそろそろ兄離れするべきなのかなーって思いまして」
「ま、まぁそれが妥当っちゃ」
「でも、やっぱり一人は危ないので、誰かとルームシェアなら丁度いいと思うんです」
「あー……そうなんかっちゃ?」
「はい。でも、私みたいな殺人鬼とルームシェアだなんて、普通の人は出来ませんよね」
「…それは……そうっちゃね…」
「ですから、さしあたっては軋識さんのお部屋に住ませていただこうと思いまして」
「はぁ!? お前、一体何言ってんだ!」
薄々嫌な予感はしていたものの、それでも予想外の内容に、思わず軋識の口調(キャラ作り)も崩れる。
「実は用意もしてきました」
差し出された鞄の中には着替え一式と歯ブラシなどのお泊りセットが所狭しと詰まっていた。
「おま……、無理に決まってるっちゃ!」
「嫌だなぁ、無理なわけないですよ。だって家族ですし、間違いは起こらないと信じてます!」
「間違いとかそういう問題じゃないっちゃ! とにかく、無理なもんは無理っちゃ!」
「なんですか、一人暮らしを勧めてきたのは軋識さんですよ? 自分の言ったことにはちゃんと責任を持たないと」
正論を言われて、一瞬軋識の言葉が詰まる。
その隙を見逃さず、はガシリと軋識の腕を掴んだ。
「というわけで、軋識さん。いざ二人の愛の巣へと旅立ちましょう!」
「ちょ…何勝手に決めてるっちゃ!? 俺はまだ承諾してな……!」
「軋識さんのお家にお邪魔するのは初めてだなー。えへへ、楽しみー」
「人の話を、聞くっちゃ!!」
「あ、食費はちゃんと出すので大丈夫です。今日の晩御飯は私は腕によりをかけて作りますからね!」
「だから俺は何も……」
抗議の声をあげる軋識を完全に無視して、は一人で楽しそうに会話を進める。
その姿に、これ以上の抵抗は無駄だと諦めた軋識は、に腕を引っ張られたままで過去の自分の過ちを悔いるのだった。
「確か好物は魚でしたよね?」
「なんでそんなことまで知ってるんっちゃ…」
(なんでって、それは愛の力の賜物ですよ!)(誰か助けてくれ…)